呑むも 喰らうも 攫うも 鬼一口ぞ。 たちどころに消えうせて 後に残るもの 首ひとつ。 返してほしくば丑寅の門(と)を叩け かね打ち高らかに 名のり上げ 「遠からん者は音にも聞け、 近くば寄って目にも見よ」 野辺の宴に酌み交わした杯ふたつ ふれて音を立てるその下に、 露の置かれた若草、ひとつ、ふたつと増えてゆく。 猛きもの 草葉につのる露を知らず あれは杯の雫かと問う その無情。 清らなれども強き酒の雫は露の身に耐えがたし、 清らなれども苦き酒の雫は露の身となりがたし。 ただ白露に沈くは鬼の面(つら) 「白玉をなにぞと鬼の問ひし時 露と答えて……」 さしだされたならば 喰わずにおられまい 鬼一口で 骨も杯もことごとく。 誰(たれ)ぞ知る その骨に沁みた恩讐の涙 酒にやつした苦き毒を。 ひとの児(こ)は喰らえるとも ひとの嘘(こ)は喰えぬとて 口にしたなら 赤血を吐く、 呪詛(すそ)を吐く。 落ちて返る杯に 覆水ことごとく飛び散れど、 酒は血よりもこしと惜しむもの すでになし。 雫をあび 勿忘草(わすれなぐさ)の 枯れ朽ちた 杯の捨てられし野辺に響く 誰かの唄うかぞえ唄。 「ひとつひと太刀にてほふらわん ふたつふた目と見れぬ身にしてくれよう みっつみじめなむこのため よっつ頼光ら弓矢をとりて いつついつわりの杯重ねてたばかるぞ むっつむくろるいるい鬼殿に渡る鬨(とき)の声 ななつなく児も笑って世は事もなし……」 忘れ角の過ぎしころ 野晒しの小さな杯にわずかな露が満つ。 覆水は盆に返らねど 新しく水はまた集まり、 杯にとどまる名残の匂い 幽かながらも。 誰もかれも忘れようとも 腑には百(もも)の酒(き)の棲まいしあと、 息吹に昔の匂いをただよわせ その幽(かそ)けき香りあつめれば 水杯に懐かしき酒 わずかによみがえり。 いま草陰にひとり望む 追(つい)の香(か)に酔いて生き 終(つい)に夢を想いて死ぬを。 杯の眠る野辺にまだ聞こえる かぞえ唄の むごきを忘れるため 「……やっつ八瀬の童子らいまいずこ ここのつここらで返らんと とおに外(と)つ国へ消えゆくぞ とおに外つ国へ消えゆくぞ……」
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