目が覚めると夜だった。
「メリー! メリー! 朝よ!」 「…………」
訂正――目を覚まさせられると夜だった。 布団の上にまたがって「朝よ」と繰り返す宇佐見 蓮子を無視して、メリーは寝転がったままに首だけを動かした。カーテンの向こうに見える景色は暗く、何の明かりもない闇が広がっている。昼間ならば、締め切っていても光が入り込んでくる薄いものだ。明るくない、ということは、夜である、ということである。 だというのに、目の前にいる宇佐見 蓮子はしきりに「朝よ」と繰り返す。ああとうとう蓮子ったら頭の方が可愛そうなことになったのね――半分眠った頭でメリーはそんなことを考え、 それ以上考えるのが面倒臭くなり、毛布を頭までかぶって丸くなった。部屋の電気すら毛布が遮断してくれる。心地よい闇が戻り、メリーは幸せそうな顔で丸くなる。布団の上に誰かが乗っている重みは気のせいに違いない――そう思いこみ、眠気が伸ばしてくる手を必死で手繰り寄せる。
「何してるのよ!」 「このまま眠れば夢オチで終わるわ……」 「始まったばかりよ!?」 「いつ終わってもいいのなら、今終わってもいいじゃない……」
律儀に返答するメリー。実のところ手を伸ばせば伸ばすほどに眠気は遠ざかり、いっそ起きてしまおうかと思うのだが、しきりに起こそうとする蓮子の思い通りになるのも悔しくて意固地になっている。手足を抱えこむようにして丸くなり、毛布の端をぎゅっと掴んだ。
「私の知ってる蓮子は死んだわ……」 「勝手に殺さないでよ!」 「そう、二年前のあの事件で、私の親友は亡くなったの――さぁ成仏して蓮子、もう悔いはないはずよ!」 「勝手なことを――」
毛布の上から怒声交じりの声が聞こえる。そろそろ起きないと怒られるかしら、と思ったが、 時、すでに遅かった。
「きゃ――!?」
強引かつ豪快な一手だった。蓑虫のように丸くなるメリーを、蓮子は起こそうとしなかった。それどころか、毛布の端を持ってさらに丸め、毛布で梱包されたメリーを――そのままベッドから突き落としたのだ。 無常としか言いようがない。 きゃー、とドップラー効果的に悲鳴をまき散らしながら落ちるメリー、その距離実に三十センチ。どすんと重い音がして床に落ち、それきり動かない。しくしくと泣き声のようなものが聞こえるが、「気のせいね」と蓮子はあっさり言い捨てた。 ――しくしく。 さらに無視。蓮子はメリーがいなくなったことで広くなったベッドの上で大の字に横になる。天井が見える。豆電球が小さな部屋を照らしている。 偽物の光源を見たままに、蓮子は言う。
「朝から寝るって自堕落で最高よね」
そんなことを呟きながら、蓮子は残った毛布とメリーの枕を奪い取って眠りにつく。正直な話、ただ単純に深夜に帰ったらメリーが既に寝ていたので嫌がらせをした挙句にベッドを奪っただけに過ぎない。端から見れば迷惑極まりないが、当人たちが納得しているので問題はないのだろう、たぶん。 横になれば眠りと手を繋ぐのに時間はいらなかった。アルコールのせいかもしれない。うとうととする暇もなく、蓮子は深い眠りにつく。夢さえも見ない、たおやかな眠りだ。
「………………」
そして、それを半眼で見る少女が一人。
「………………」
お化けのように毛布を頭からかぶり、のそりと床から立ち上がった妖怪――もとい、妖怪っぽい少女ことマエリベリー・ハーン。視線の先にいるのは、自身のベッドを奪ったにっくき仇宇佐見 蓮子。豆電球の下佇むメリーの心境はいかに。この先ベッドの下からチェーンソーを取り出してスプラッターショーを繰り広げたところで、それを止めるものはいないに違いない。 いない。 誰もいない。 二人以外には。
「………………」
メリーはさらに蓮子を見つめ、それからのそのそと動いた。半眼の――寝むそうな目つきのままのそのそとベッドにあがり、のそのそと布団の中にもぐりこみ、のそのそと枕に自身の頭をつける。狭い。そもそも独り用の枕に二つの頭を乗せるのがムリがあるのだが、その無理を無理やりに通している。 くっつかなければならないほどに狭い。 そしてメリーは、くっつくどころか抱き枕のように蓮子を抱きよせ、今度こそ目をつぶった。遠くへと去って行った眠気が戻ってくる気配がある。眠気さんの片手は蓮子をつかんでいる。 空いた二つの手を繋ぎ、メリーは穏やかな眠りについた。 朝はまだ遠い。夜は深く――いつも通りの、何事もない夜だった。
(秘封倶楽部の奇妙ではない日常・了)
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