■デッド・バッド・エンドvsガチ=ペド■




 皇暦2259年の春、私はトゥーリューズにいた。
 皇暦が分からない読者のために言うのならば(私の書く魔物生態時点は九カ国十七言語で発表されているのだから!)それは魔史10236年であり、ユグラドシル王国年度FG67KIであり、連合統一世紀B45年でもある。そのどれもが分からない人に言えば、ようするに人と魔物がしのぎあっている時代の中の一年であり、春だということが分かればいい。季節はあまり関係ないのだ。
 トゥーリューズがどこが知らない読者も多いと思う。その街は人口三千二百人余りのそこそこに大きな街だ。世界有数の聖山――魔山と唱える物もいるが、私はその意見に断固として反対する。あれほど古き魔物がそろった聖なる山が他にどこにある? アレは調和のとれた一つの世界だ!)リアス高原のすそのに広がっている。
 特産品は工芸品。その他は自給自足であり、他の町との付き合いは少ないのでいまいち名を知られていないが、知る人ぞ知る街でもある。
 なぜならば、トゥーリューズは、ある意味では魔物と共存する街であるからだ。
 こう言うと、三年前に壊滅したバースワーズ王国のような魔物に支配される世界を創造する方もおられるかもしれない。だが、それは大きな勘違いだ。あの街にあるのは、支配ではなく、ゆるやかな共存なのだ!
 山を境目にした不干渉を基本にした関係。
 人は山に入らず、そして山に人を入らせない。
 魔物は山から出ず、そして山に入る人を襲う。
 そこには線引きが出来ていた。『そこを越えなければ何もしないぞ』という暗黙の協定ができていた。稀に山人として魔物と暮らす人や、人の友人として町で暮らす魔物がいるくらいだ。そこにあるのは完璧な調和だった。ある種の美だった。誰もが望む世界の縮図だったのだ!
 そして私は、その街に逗留していた。
 何のために?
 調査のためにだ!
 なぜならば私は、私の名は、魔物に少しでも興味がある――あるいは、魔物に関わらざるを得なかった――人間たちにとっては、知らぬ者なき魔物生態学者、ハロウド=グドバイであるからだ。
 そう、つまり、貴方が読んでいるこの本の著者であり、生物学者であり、生態学者であり、哲学者であり、教育者であり、同時に冒険者でもあるのが私である。
 とくれば目的は一つしかない。
 調査だ。
 ああ、あの美しきリアス高原! 滅びたはずの魔物が暮らす楽園! 強力なドラゴンと稀少な魔物が残るエルラルド! 地上の神秘よ!
 そこは私の目標だった。いつかは行くべき場所だった。そこを到達して初めて、私は自らのことを『世界一の魔物学者』と名乗れる、そう信じていた。
 それほどまでに、私は魔物たちを愛していた。
 しかし、だ。
 我が未知なる読者よ、どうかこれだけは覚えておいてほしい。
 魔物とは、奇妙な友人ではない。奇妙な『隣人』であることを。彼らは私たちの隣で暮らす、ちょいとばかり変わった人だ。時には協力し、友愛をはぐくむこともできるだろう。だがときには、隣にすむ者が凶悪な殺人鬼である可能性もあるのだ。
 それは人も魔物も変わらない。我々は、その可能性を常に頭に入れて生きなければならない。
 が。
 時に、その理から外れた、“災害”が存在する。
 皇暦2259年の春――忘れもしない、望月の丑日、17:35分――トゥーリューズを襲ったアレは、まぎれもなく災害だったのだ。
 その瞬間、私はリアス高原のふもと、竜の座と呼ばれる休憩所にいた。山と人里との境界線上に位置するそこで、私は竜族との交渉準備を進めていたのだ。
 竜の角笛、火虎の毛衣、そして『子供が喜ぶような玩具やお菓子や絵本』。リアス高原の竜と交渉する場合には、なぜかソレらが必要らしい。奥にネヴァーランドでも存在するのだろうか?
 だが、それを確かめる機会は、ついぞ存在しなかった。
 私が角笛に口をかけ、息を吹き込もうとしたまさに所の瞬間、町の入り口から崩壊音が聞こえたからだ……!


 ……私はおそらく、誰よりも早く動いた。
 とっさに角笛を手放し、地面に伏せ、両手両足を大きく広げた。
 これは頭手足で五亡星を描く護法で、身の守りを強くすることができる。今でも地方では子供のおまじないとして伝わっているが、真言と共に行えばそれなりの効果がある。
 とっさにソレが行えたのは、私が少なからず危機を潜り抜けてきているからだ。
 私は体に力を込めて待った。一瞬後に襲ってくるであろう光か、熱か、風か、水か、毒か、呪か、あるいは単純な衝撃波に備えるためにだ。
 が、三秒待っても、それらはこなかあった。私は身を起こした。三秒といえば永遠にも等しい時間だ。何か起こったのか、すぐに確認しなければならない。
 ひょっとしたら、老朽化した建物が崩れただけなのかもしれないのだから。
 私は目を凝らし、音がしたとおぼしき街の入り口を見た。

 そして――私は、自らの考えがどんなに甘いのかを思い知った。

 街の入り口、城壁と城門。
 街を守るはずのそれは、いまや影も形もなく崩れ落ちていた。爆発などによる破壊ではない。まるで自重に耐え切れなくなった砂の城のように。
 どうやればそんなことができるのか、すぐには判らなかった。
 判ったのは、崩れ落ちた城壁の向こう側にいる、異形の魔物の姿を見た瞬間だった。
 魔物は異形だった。竜のような美しい身体でも、ももっちのような人型とも違う、ゴブリンたちのような生きるための身体とも違う。
 正しく、異形としての異形だった。
 嫌悪感を感じずにはいられない触手だらけの下半身。そこから生えているのは、三つ体の人型だ。力ない老人と、無邪気に笑う二人の少女。その裸の三人が、触手の上に乗っかっていた。アレがおそらく本体なのだろう。三人の体はとけあい、根元のあたりで一つになっていた。中途半端に人間に似た姿にはおぞましさしかなかった。
 体長十メートル程度の巨体の周りには、半径五メートルほどの光輪が二つ浮いていた。ゆるやかに回るソレは、黄金色に光っている。
 その名前を、私は知っていた。存在の確認がない、伝承でしか伝わらない、邪心の一種と思われる魔物。魔物生態第七章「超越種・極希少種」に位置され、A章「神威」の能力を持つ強力を通り越して最悪な魔物。


 ――終焉をもたらす者。デッド・バッド・エンド。


 そして私は、なぜ騒ぎが起きないのか。なぜこうも静かなのか、その理由を悟った。
 伝承に残るデッド・バッド・エンド(あまりも長いのでDBEと略させてもらう)の能力は、『視認上の物体の寿命操作』だ。見るだけで死ぬ、と言うとメドゥーサを想像するが、アレよりもたちが悪い。ようするにソレは時間加速であり、人も物も問わず全て風化されてしまう。 
 つまるところ、あの魔物が見える範囲にいる人間(魔物を姿を見て叫び慌て、あるいは反撃するべく人間)は、一人残らず死んでいるから、こうも静かなのだ。
 実に静かに、けれど急速に。まるで疫病のように、死が広まっていく――
 街が一瞬で滅亡しなかったのは、ひとえに、建物が多く大きかったからにすぎない。寿命を操る奴は、建物を崩すのには時間がかかる。また、視界に映らない限りは死ぬことはない。逆に言えば、視界に映れば人間など一瞬で死ぬのだが。
 その時、私はどうしていたか?
 颯爽と勇者のように町にかけつけたか? あるいは、臆病な人間のように、さっさと逃げ出したか?
 もちろん、どちらでもない。私は私の義務を達するべく動いていた。岩の陰に隠れ、魔物の視界に映らないように気をつけ、二節望遠鏡を使い魔物の姿を精密に観測した。全ては観察と調査から始まる。それが私の信条であり仕事であり義務である。
 街に向かって駆け出さない私を外道だとののしる者がいるのなら、その者は一度でいい、ギニア地下迷宮の入り口に行ってみるべきである。そんな戯言は二度と言えなくなるであろうから。
 閑話休題。
 もっとも、私が何をするでもなく、事態は物凄い勢いで進んでいった。
 ようやく響きだした悲鳴の声、警告の鐘の音、そしてその音たちが死んでいく音。
 それらの全てをかき消す轟音。
 その音には聞き覚えがあった。甲殻翼が強引に風をかき混ぜる、力強い竜の羽ばたきの音。リニア高原に住む竜が出撃したのだ――と、私にはすぐにわかった。
 彼らにとって、この場合出撃するのは当然のことだった。
 あの魔物は街の外から来た。つまり、街を越えて、その奥にあるリニア高原にと移動するつもりなのだ。ならば、自らの領土に入られる前に叩くのは、竜たちからすれば当たり前のことだ。最悪、街を焦土にしてでも止めればいいのだから。あくまでも、人間を助けるためではなく、自らを守るため。その結果人間たちも守られるかもしれない、というだけだ。
 しかし――
 それが無理であることを、生態学者である私は最初から悟っていた。
 あの翼竜たちは強力だ。強力ではあるものの、その分類はB章『災厄』である。一方DBEはA章『神威』。
 結果は、初めから出ているようなものだった。
 出撃した三頭の竜のうち、二頭はDBEの一睨みで死亡した。力を失った肉体が地面へと落下し、街の建物を砕きながらミンチになった。
 残る一頭は低いところを飛んでいたおかげで難を逃れた。仕返しとばかりに、彼の喉の下にある嚢がふくらみ、火炎玉を吐き出す瞬間を私はしっかりと見た。同時に、吐き出された火炎球が、DBEの光輪にあたって消滅する瞬間も。
 一瞬遅れて、三頭目の竜も、死亡した。
 ――もう駄目だな。
 私は冷静に判断した。単体の『魔物』としては最強を誇る竜が瞬殺される相手。竜は神の僕であり、神殺しはできない。たとえ相手が邪神だとしてもだ。
 私は二節望遠鏡から眼をはずし、還り支度を始めるべく立ち上がった。私が何をするまでもなく、まもなくこの街は消滅する。跡形もなく、だ。
 そう思った瞬間。


 ――光が疾った。



        ■


 光は力だった。光は柱だった。光は一筋ではなく、無数の柱だった。
 光に遅れて、言葉が聞こえた。光速よりも遅い音速。法則どおりだ。

「――光あれかし」

 言葉は呪文であり、力だった。ワン・ワードで済む光撃。人のなせる業の中でも最高、呪文としての『神威』に匹敵する業であった。
 一介の冒険者が使える業ではない。
 私は即座に動いた。ポケットから『月の欠片』を三粒のみ、兎の方位に護法石を二つ打ち込む。簡易式の盗聴業だ。二節望遠鏡を使う間もなく、私は事態の推移を見守るしかなかった。
 光は光速原則に従い直進し、DBEに直撃した。二本の光輪が守るべく動き、しかし守りきれずにヒビが入ったのを、私は確かに見た。
 そして、それを放った冒険者たちの目的は、光輪の破壊――などではなかった。
『神威』の業までもを使っての『眼くらまし』だったのだ。
 光に一拍遅れて、今度は炎が走った。リニア高原の頂近くから、ふもとの町の奥、DBEへと向かって。
 初めは、誰かが炎の魔法を使ったのかと思った。
 けれども、それは違ったのだ。
 たった一人の男。その男が、音を越える速度で直進し、その結果空気そのものが摩擦熱で燃え上がっていたのだ。
 なんて非常識だ! 私は心の中で叫んだ。そんなことをすれば当然人間など燃え尽きてしまう。だが、その男は燃え尽きていなかった。どのような魔法を使ったのか知らないが、人のなせる業ではない。
 男は、速度を緩めることなく直進し、

「ひゃははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!」

 その勢いのままに、剣を振るった。
 わずか一刀。
 一刀のもとで、二本の光輪が砕け散った。その反動で男は自らの勢いを殺し、DBENの真ん中に位置する老人の前に着地した。殺しきれなかった衝撃がDBEを襲い、その巨体がぐらりと傾く。
 男を殺すべく、DBEの少女たちが男を見る――よりも早く、男は動いていた。
 刀をひゅんと振るい、正面の男を唐竹割りにかち割ったのだ。脳漿と血液が吹き出て、少女たちの視界が一瞬埋まる。
 その一瞬で男は動く。男のなきがらを蹴り、DBEの後ろ側へと。
 男を追ってDBEが振り向く、振り向いたときにはもう男はそこにはおらず、代わりに人間の死体が二つ少女たちにめがけて飛んできていた。
 二人の少女の顔面に、死体がぶつかる。
 同時に、男は跳んでいた。横から回り込むようにステップ、視界に映らないように回り込み、髪の長いほうの少女の首をきりとばす。
 傍から見ていても、鮮やか過ぎる動きだった。傍でなければ、その動きを捉えることなどできなかっただろう。邪神からすれば、何が起きたか判らなかったはずだ。
 が、同時に私は、その男が無傷で済んでいないことも見て取っていた。刀を持っていない左手が、枯れ木のようになっている。おそらく、視界から逃れるときに一瞬だけ映ってしまったのだ。その一瞬で男の腕は使い物にならなくなっている。
 これが、『神威』クラスの闘いなのだと、私はいまさらながらに実感した。一瞬で勝負が決まる、その一瞬が永遠に続く光速の世界。
 その世界において――男は笑っていた。邪悪な笑み、ではない。まるで子供のような、純粋に楽しそうな笑みを、殺し合いの中で男は浮かべていた。
 口元が動く。声が出す。その音よりも早く男は動く。
 DBEの視界から男が消える。音だけが残る。

「楽しもうぜバケモン! オレぁ今消化不良なんだ――殺し殺し殺し殺して死に終わろうぜ! てめぇの命はオレが買った! お題はオレの命だ! それが戦ってもンだろう!?」

 ドップラー効果で聞こえてくるその声を、私は確かに聞いた。
 強さも、そして柄の悪さも、常軌を逸しているとしか思えなかった。だが、その存在に、そのあり方に、私は心当たりがあった。
『神威』に打ち勝つもの。神を殺すものは、いつだって人間だ。
 アレは、アレこそが、『勇者』なのだと、私は直感的に悟っていた。(正直に言えば、私は<彼>らがあまり好きではない。彼らはバランスを崩すことしか考えていないからだ! 均衡が人間側によってみろ、その瞬間我々は権力争いで滅亡してしまうぞ!)。
 閑話休題。
 ただ一つ残った頭脳、ショートカットの少女は、自らの触手を四方へと振り回した。もはやなりふり構っていられなくなったのだろう。瓦礫が、人の死体が、触手になぎ払われて壊れていく。攻撃をくらって動きが止まった瞬間視界に納めて殺す――そんな方法をDBEは考えたはずだ。
 その攻撃は、半分だけ成功した。
 第三の人物、黄金色の鎧を包んだ男に、触手は命中したのだ。命中した瞬間、DBEは男を見た。
 あの魔物は、勝った、と思ったに違いない。
 けれど、それ以上は――何も起こらなかった。
 触手に吹き飛ばされることも、寿命で死ぬことも、崩れ落ちることも無かったのだ。まるで不動の山のように、黄金の鎧はそこに突っ立っていたのだ。(後になって思うに、あの鎧はDBEの光輪と同じようなものに違いない)。まるで、どのような攻撃も意味をなさない、と言いたげに。
『勇者』と対照的な、緩慢な動きで、黄金鎧は触手をつかんだ。
 そして――
 あろうことか、そのまま力ずくで、DBEを振り回したのだ。十メートルを越す巨体が、片手一本でぐるぐると振り回されるサマは、なにかの冗談だとしか思えなかった。シュールな光景に、笑いすら浮かんだ。
 壁に、地面に叩きつけられて、どんどん触手が削り取られていく。とどめとばかりに、黄金鎧は、両手で触手を持ってDBEを思い切り地面にたたきつけた。
 ぼごんとクレーターができる瞬間を、私は確かに見た。
 地面にめり込むDBE。
 その少女形の上に、『勇者』は馬乗りになった。枯れ木のような左腕を、DBEの瞳に添えている。DBEが左手を殺した瞬間に、『勇者』はDBEを殺すのだろう。
 遠くからの声が、私の増幅された耳にしっかりと届いた。

「何も悪くはねぇが死ねや、」

 そう言った瞬間に、『勇者』の体がびくんと跳ねた。
 真っ二つになった老人姿――その右腕が、勇者の腹を貫いていたのだ。どうやら、老人の頭ではなく、少女の頭が全てを動かすらしい。傍観者である私は、そんなことを冷静に考える余裕があった。
 今度は、老人の左腕が、勇者の剣を弾き飛ばした。
 剣を失い、左手も失い、胴体を貫かれ。
 それでも勇者は、すがすがしい笑顔を浮かべて、晴れやかに言った。

「てめぇバカだろ。一撃で殺してりゃいいもんを――」

 そして、何も持たない右手をす、と掲げて。

「――さよならだ」

 素手で、少女の首を、跳ね飛ばした。



       ■


 後のことは、完全に蛇足である。
 ガチ=ペドと名乗る勇者は、DBEの首を持ち帰ることも、街の復興を手助けることもなく、さっさと仲間とともに立ち去ってしまった(腹の傷は、彼が首輪をはめて連れているゆかっちという魔物が直した。なんという男だ! いつかかならず神罰が下るに違いない。魔物をあんな無理矢理に使うことを私は断固として許せない)。
 しかし、街が彼のおかげで滅亡せずに済んだことも事実だ。
 半壊し、復旧し始める街と、その街から立ち去る勇者一行を見て私は思うのだ。
 勇者ガチ=ペド。
 あれこそが、魔物たちにとっての“災害”であるのだと!



                   ――『とある生態学者の手記』より抜粋






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■あとがき■



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