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 終わった。
 全ては終わった。
 身の周りから、すべての怪異が消え。
 怪異と出会った人々が消え。
 怪異と出会った記録が消え。
 怪異と出会った記憶が消え。
 あの事件に残った大半の人がいなくなり、身の周りは《日常》へと戻り。
 武巳の世界は、平穏になった。
 他の全てを捨てることによって、武巳は、日常の中へと戻ってきた。
 ただし、何もない。
 もう、何もない。
 文芸部は解散し、友人は消滅し、魔女の呪いは消え去り、観測すべきモノもいない。
 ただ追憶に浸るのみだ。
 ただ、一つだけ、残っているとすれば、それは――




   追憶




 その日、武巳は何をすることもなく、街を歩いていた。
 どこに向かっていたわけでもない。
 なにをしたいというわけでもない。
 ただ、目的も、目的地もなく、ただ歩いているだけだ。
 何かを探して。
 かつて得て、失ってしまった何かを探して、武巳は街を歩く。
 本人には、そんな意識はない。
 ただ、何もすることがないから、呆然と街を歩いているだけだ。
 そう。
 今の武巳に、やることなど、一つとしてなかった。
 ――思えば、あの頃は充実していた。
 武巳は歩きながら、今まで何度もそうしてきたように、過去のことを思い返す。
 文芸部のこと。
 木戸野亜紀のこと。
 村神俊也のこと。
 怪異のこと。
 黒服のこと。
 小崎魔津方のこと。
 そうじさまのこと。
 十叶詠子のこと。
 神野陰之のこと。
 そして――
 空目恭一と、あやめのこと。
 今はいなくなってしまった、彼らのことを思い返しながら、武巳は歩く。
 ――あの頃は、充実していた。
 楽しかった、ではない。
 にぎやかだった、でもない。
 ただ、充実していた。
 死にそうな目には何度もあった。一生分の怪異現象に遭遇した。魔女に血を呑まされて、自分自身も怪異になりかけた。小崎魔津方の手下となって様々なことをした。クラスメイトを陥れて恋人を救おうとした。空目と決別して一人で戦うことを選んだ。戦いきれずに敗北するまでもなく逃亡した。逃亡している間に全ては終わってしまった。
 自分を置いて、全ては終わってしまった、と武巳は思う。
 気付いたら、終わってしまっていたのだ。
 神野と遭遇し、気を失って、気を取り戻したら、終わってしまっていた。
 取り返しがつかないほどに、決定的なまでに、《自分とは関係のないところ》で、終わってしまっていた。
 残っていたのは、後始末だけだった。
 それすらも、もうない。
 全ての始末は黒服がつけ、無かったことにされている。
 だから、武巳は中途半端のまま、どこにもいけず、なにもできず、ただ街をさ迷っている。
 全ては終わっているのに、自分の中では、まだ、終わっていないから。
 終わらせることができないまま、武巳は街をさ迷う。
 視線は、一定されていない。
 何かを探すかのように、つねにさ迷っている。
 たとえば、人気のない細道。
 たとえば、街灯の影になった部分。
 たとえば、本屋に並ぶ本。
 たとえば、横を通り過ぎる黒犬。
 そんなものに、武巳の視線はひきつけられるように、動いている。
 何かを探して。
 怪異を探して。 
 終わらせるために、終わったことを実感するために。
 あるいは。
 まだ終わっていないと、まだ続いているのだと、信じるために。
 武巳は歩き続ける。
 答えはない。
 答えが見つからないからこそ、武巳はさ迷う。
 ――誰か、いないかな。
 誰もいない。
 魔女も、魔導師も。
 人界の魔王も、闇夜の魔王も。
 還ってきた少女も、還れなかった少年も。
 そこには、いない。
 ただ街があるだけだ。
 それでも武巳は、街のどこかに、いる――いや、【ある】かもしれないと、そう信じて歩き続ける。
 なぜなら。
 なぜならば。
 全てが消えてしまった中、武巳の元に、ただ一つだけ、残ったモノがあるから。
 武巳はそれをポケットから取り出そうとして――
 そのとき――
 手を伸ばした、その瞬間――


 ――リン、と。


 鈴の音が、聞こえた。
「――ッ!?」
 武巳は金縛りにでもあったように立ち止まる。
 その様を不審そうに見ながら、周りの人間は立ち止まることなく、歩き続ける。
 平穏な街の中で、ただ一人、武巳だけが平穏とは無縁の表情で、立ち止まった。
 不安と期待。
 恐怖と歓喜。
 そんな感情が深く混ざった表情を武巳は知らずのうちに浮かべていた。
 ――今、確かに。
 音が聞こえた。
 懐かしい、あの音が。
 武巳は震える手で、ポケットからそれを取り出す。

 ――鈴のついた、携帯電話を。
 
 震える手で取り出して、震える指で、ボタンを押す。

 ――リン、と再び鈴の音。

 誰にも聞こえない鈴の音を聞きながら、武巳は携帯を操作する。
 メールがきていた。
 一通のメール。
 着信元は――無し。
 どこからも届いていないメールが、武巳に届いていた。
 そのメールを、武巳は開く。

 ――リン。

 中身のない鈴が鳴る。
 空っぽの鈴が、中に怪異を詰めることで、音を出す。
 怪異の鳴る音がする。
 怪異の成る音がする。
 ああ、終わっていないのだ、と武巳は思う。
 何も終わっていないのだ。
 始まってすらいない。
 キャストが入れ替わっただけだ。
 怪異は、昔から人の側にいるのだから。
 括り手が、先祖代々伝わるように。
 怪異が消えることはない。
 かつて空目は言った。
【本当の意味で、終わったことなど、何もない】、と。
 その言葉は、正しかった。
 本人が思っている以上に、正しかったのだ。
 たとえ怪異が終わっても。
 その事自体が、怪異を生む。
 終わりはない。
 始まりもない。
 ただ、延々と続くだけだ。
 ――置いていかれたんじゃなくて。
 武巳は思う。
 ――違う道を、歩いているだけだ。
 武巳は思う。
 ならばこそ。
 また、この道が交差するだろうと。
 怪異を追い求めていれば、怪異となった人たちと、怪異に巻き込まれた人たちと、怪異を追いかける人たちと。
 再び又、再会することもあるだろう。
 たとえば廃墟のビルで、魔王と少女に。
 たとえば電話ごしに、魔女の少女に。
 たとえば名もない喫茶店で、夜色の魔王に。
 出会うことも、あるだろう。
 ――なら。
 武巳は思う。
 ――追憶しよう。
 武巳は誓う。
 ――追憶しつづけよう。これまでに会った怪異と、これから会う怪異を。追憶者の自分が、追憶し続けよう。
 武巳は願う。
 ――そうすれば、また、大好きな彼らに会えるかもしれないから。


 開いたメールを、武巳は読んだ。
 メールの一行目には、こんなことが書いてあった。



【――ある時、都市伝説を聞いた。】





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↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。


◆あとがき◆



追憶第三段。正確に言えば第零段です。
再び武巳。最終巻の【後】だと思ってください。
MISSINGは終わったけれど、何も終わっていない。
そういうイメージで書いてみました。

作品について。
追憶って寂しいことですよね。
決定的に終わって閉まってからでしか出来ませんから。
それをするとき、物事はすでに終わっていて。
でも、よく考えたら世の中そんなもんです。
終わっていることに気付かない人もいたり。
終わっても続けようとする人もいたり。
そんなに簡単に【おしまいおしまい】と言えたら楽ですけどね。
日々は楽しいことばかりではないけれど。
それでも僕らは生きて行く。
翼のない天使のように――といった感じです。
武巳は追憶者として、終わった世界を、終わったまま、終わり続けたまま、続けていくでしょうから。
貴方は終わっていますか?――なんて言ったりして。

では。



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