1 追憶者と神隠しの少女
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 なんというか、ものすごく気まずかった。
 文芸部には長いこといるけれど、こんな状況は今まで一度としてなかった。まあ、その《少女》が文芸部にきたのがつい最近なのだから、一度としてないのも当然かもしれないけど。
 それでも――今の状況が気まずいことには変わりなかった。
 他の誰かなら、まだいい。
 けれど――


 あやめと二人きり、というのは、とても気まずいと、武巳は思う。


「……えっと、陛下は?」
 武巳の問いに、あやめは首を横に振る。
 いない、ということなのだろうか。
 それとも知らない、ということなのだろうか。
 この無口な少女からは、《陛下はいない》という事実以外に聞き出せることはなかった。ある意味では、亜紀以上にコミュニケイションが取りにくい相手だった。
 せめて話してくれれば何とかなるのだろうけれど――あやめは、滅多に喋らない。必要じゃないおしゃべりなどしないし、必要なことすらぽつりぽつりとしか話さない。
 存在感が薄いから無視して本でも読んどけばいいのだろうけれど、簡単にそう割り切れるほど武巳は強くもなければ非道でもなかった。
 俊也あたりならばそうするんだろうなあ、などと思いつつ、武巳はあやめの前に席に座る。
 他には誰もいない。
 稜子は委員会で来るのが遅れる。
 亜紀は早くに帰ったそうだ。
 俊也と空目の行動は知れない。
 つまりは、彼らが戻ってくるまではあやめと二人きりであり、いつもどってくるかは一向に知れない――ということだ。
 その事実を自認して、武巳は小さくため息を吐いた。
 やってられない。
 普段は、空目と一緒にいるから、かろうじてなんとかなるのだが、あやめ一人、というのはこれが始めてだった。
 何を話せばいいのか、見当もつかない。
 本気で無視しようか、とも思う。
 けれど、よく考えたらあやめと一体一で話す機会はそうない。これはある種のチャンスかもしれない――と武巳は思い、結局話すことにした。
 何を話せばいいのかはまったく思いつかなかったので、
「えっと、何……してるの?」
 そんなことを聞いた。
 武巳の見る限り、あやめは何もしていなかった。ただ黙って、微動だにせずに、窓の外の光景をのんびりと眺めているだけだった。
 案の定、あやめは首を小さく傾けた。
 交流失敗。
 気を取り直して、もう一度。
「何を見てるの?」
 今度は違う反応が返ってきた。
 あやめは腕をすっと上げ、その白く細く小さな指で、窓を指した。
 ……それが、自分で見ろいう意思表示なのか、それとも窓の外を見ているという意思表示なのか、武巳にはわからない。あやめの性格を考えると、まず前者ということはないだろう。
 少し交流に成功した気がして、武巳は小さく喜び――


 なにしてるんだ俺は、と自分自身に問いかけられた。


 目の前にいる少女。
 臙脂色の服を着た、華奢な少女。
 心の奥底から自分の声が聞こえてくる。ソレは少女でも何でもないんだぞ。ヒトの形をしているだけなんだぞ。その正体はぐちゃぐちゃでげちょげちょの、お前の後ろにいるソウジサマと同じものなんだぞ。機会さえあればヒトをとって異界に送り込むような奴なんだぞ。寝ることも食べることも休むこともない、人間なのは格好だけの、怪異そのものなんだぞ。何が交流だ。今すぐ逃げろ。死にたくなければ逃げろ。飲み込まれたくなければ逃げろ。人間でいたければ逃げろ――

「……楽しい?」

 武巳は、逃げなかった。
 内側からくる声を、全て黙殺して、武巳はあやめに話しかけた。
 心の声は間違っていないと思う。正しいことを言っているとすら思う。
 ただ。
 正しいことだけでは、人は生きていけない。
 どこまでが人間かなんて、武巳には分からない。
 あやめは元・人間で今は違うというのなら――
 異界に飲み込まれた陛下も。
 異界の血が流れる木戸野も。
 異界にとりつかれた武巳も。
 誰も彼もが、人間ではないと思う。
 だから、武巳は話しかけた。
 自分が人間であると信じて。
 あやめが人間であると信じて、武巳は話しかける。
「外に何があるの?」
 武巳は問うが、あやめは困ったように微笑むばかりだ。
 仕方がないので、自分で見ることにする。
 武巳は振り返り、窓の外を見る。


 ――何も無かった。


 武巳にとって特別と思えるものは、何も無かった。
 窓の外の光景は、いつもと変わりなかった。咲き乱れる桜の花。下校する生徒。部活にいそしむ生徒。遊ぶ生徒。寝る生徒。まだ仕事の終わっていない教師。走る自転車。人の賑やかな声。遠くから聞こえる町の音。風の音。太陽の光。緑の色。人の世界。


 ――全てがあった。


 その全てが、あやめにとっては大切なものなのだと――武巳は気付いた。
 異界に渡った少女。
 神隠しにあった少女。
 神にささげられた少女。
 幼いうちから人の世界と引き離され、山に呑まれ、枯草と鉄さびの臭いがする世界へと連れて行かれた少女。
 そんなあやめにとって――この、なんでもない光景は、楽園のように感じるのだろう。
 外を見る、あやめの顔。
 それは、憧憬の瞳だ。情景に焦がれる顔だ。
 異界にいったことのない武巳には解りづらい、けれど確かに分かることはできる何かが、そこにはあった。
 楽しいのだろう。
 人の世界にいられることが。
 嬉しいのだろう。
 陛下の傍にいられることが。
 だから、武巳は訊いた。
「――ねえ、あやめちゃん」
 あやめが武巳に焦点を合わせる。
 遠くからは、足音。
 聞きなれた足音と、陛下の気配。
 彼らはすぐに戻ってくる。
 その前に、武巳は訊いておこうと思った。
「――魔王陛下のことは、好き?」
 あやめは――
 異界に連れ去られた少女・あやめは――柔らかに微笑んで。
 鈴の鳴るような声で、小さく、けれど確かにいった。


「……はい」



                                     END

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↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。


◆あとがき◆




タイトルに追憶と入っていますが追憶シリーズではありません。
むしろカップリングシリーズです。

……このカップリングも異色だな……。
武巳×あやめ。
以前の(空目)←俊也×あやめくらい異色。
カップリングとか言い出したら末期ですが。末期少女病。助けて田袋先生。

とはいえ、このコンビは好きだったり。
いえ、ペアとしてではなく、個々が。
人間として頑張った武巳と。
最後まで傍に居続けたあやめ。
この二人は作品中で最後まで好きだった……
ヘタレなのも含めて、です。

作品について。
まあ、日常の一齣です。
窓の外に少女は何を思うか、という奴。
だがそれすらも平穏な日々――



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