十叶詠子は夢を見ない





 十叶詠子は夢を見ない。
 彼女がいる場所は、夜の闇の中なのだから。



        ◆ 



 羽間の夜に、星の光が見えることはない。
 校舎の空は闇に塗りつぶされ、深い夜に塗り潰されるからだ。
 無論、それは毎日というわけではない。
 星の見えない夜は、魔女か魔術師がどこかで暗躍した日だけだ。
 その星一つ瞬かない空の下、誰も存在を知らない『花壇』に、一人の少女が座っている。
 少女は――十叶詠子は、不自然な形に盛り上がった花壇と、そこから伸びる白い手を見ながら呟いた。

「――ここに闇あれ」

 詠子の声と共に、裏庭に数十人の人影が浮かび上がった。
 来た、ではない。
 一瞬前まで、花壇どころかこの周囲には誰もいなかったのだから。
 もし今誰かが何かの用事で校舎に来たところで、花壇まで辿り着くことは不可能だろう。
 ここは、魔女の場なのだから。
 詠子は花壇の上にに立ち、一様に同じ微笑みを浮かべている魔女団の数は、いつもの集会よりも少ない。
 高等司祭・広瀬由喜雄とそのカヴンの面々がいないからだ。
 彼らは今、詠子自身の命令で影≠フ人と対峙しているのだから。
 もし彼らの中に、詠子の言動に疑問を感じることができる人間がいたら、こう思うだろう。
 今、羽間では重要な仕事――サバトが行われている。こんな遊び≠ノ構っている暇があるのか、と。
 勿論、この場に人間は一人としていない。
 誰も彼もが、押し黙ったまま詠子を見ている。
 衆目に晒されながら詠子は花壇の上に立ち、微かに微笑んだ。
「……さて、と。広瀬くんが頑張ってる間。私たちも準備をしようかと思うの」
 言いながら、詠子は一人の少年に視線を定める。
 眼鏡をかけたひょろ長い男は、一歩踏み出して詠子の言葉に応えた。
「高等司祭・赤城屋一郎、ここに。――如何用です、我らが魔女=H」
 赤木屋は両腕を大仰に広げ、芝居が掛かった動作をする。常に笑ったままの表情と相まって、狂って壊れた人形のような印象をかもし出していた。
 彼女は赤城屋の動作をみてくすりと笑い、
「……君は変わらないねえ」
「もちろんです、もちろんですとも魔女=B僕等はそういうモノなのですから。変わることなどどうしてできましょう?」
「欠落が埋まれば、変化は無くなる。……なんで影≠フ人はそれを嫌うかなあ?」
 くすくすと笑いながら詠子は言い、それに応えるように赤木屋も笑みを深くする。
 ガウンたちは、何も言わずにそんな彼らを見つめている。
「君たちにやってもらうのは、第二のお仕事。あんまり大事じゃないけど、これも<儀式>の一種だし。影≠フ人達を迎え入れるための準備をするの」
 その言葉に、花壇の周囲に立っているガウンの雰囲気が変わった。
 無言のまま、微笑みのまま、空気が変質していく。夜の澄んだ空気が、熱く粘つく蜜のような空気に。
 彼らは知っているのだ。
 今から何が起こるかを。
 遥か昔から行われてきた、魔女の高揚のための儀式。
 淫蕩な魔術儀式だ。
「……よいのですか?」
 赤城屋の声に迷いはない。彼は儀礼的に問い返しているだけだ。
 だから詠子も、花壇に座って彼に脚を突き出し、笑って応えた。
「魔女≠ヘそういうものだからね」
「ではお望みのままに」
 赤城屋は地面に伏せ、差し出された詠子の脚に手をかける。丁寧な手つきで彼女のブーツを脱がして、黒いハイソックをも脱がして――


 ――詠子の足の先に、口をつけた。


 異様な光景だった。
 真夜中の校舎裏で、長身の男がひざまずいて少女の脚に下を這わせている。
 その光景を、十数人の男女が声もなく眺めているのだ。
 今、この場は学校の裏手、などという平凡な場所ではない。
 魔女の宴――サバトそのものだ。
「……んっ……」
 赤城屋の舌は蛇のように詠子の白い肌の上を滑っていく。
 指先から丹念にゆっくりと舐め、細いふくらはぎを赤城屋は撫でる。
 詠子はその行為を、楽しそうに見つめている。
 口から微かに漏れる艶のある声を隠そうともせず、微笑んでいる。
 楽しそうな、この状況に似つかわしくない、純朴な微笑みだった。
 唾液に塗れてぬるぬると光る自分の足を見ながら、詠子は言う。
「ずいぶんと楽しそうだねえ。私の足、もしかして美味しいのかな?」
「ええ、我が魔女=B楽しいですとも美味しいですとも! 貴方にこうして使えることが、高等司祭となった僕の最大の楽しみです。唯一にして絶対の、営み≠ナすから」
「やっぱり融通が利かな――ん、……あっ……」
 詠子の言葉を遮るようにして、赤城屋の手が伸びる。脚の上、服の中へと。
 漏らす声が少しずつ大きくなる。
「そう作られたからこそ、ですよ。使徒の役目は魔女を悦ばせること。僕は貴方からそれを学んだのですよ? 異界に触れて異界に混ざり異界から再び生まれてきた僕のやることは、それだけです」
 その言葉を聞いて、詠子は立ち上がる。
 赤城屋が不審に思うよりも先に、彼女は口を開いた。
「なら――せっかくだし、楽しませて貰おうかな」
 詠子は、服の前をはだけ、おしげもなく裸身を闇夜に晒す。
 唾液ではない露が、太股を滴り落ちていった。


 赤城屋の微笑みに小さな、けれど決定的な歪みが混ざる。
 満面の――酷く、暗く歪んだ――心から楽しそうな笑みを、赤城屋は貌に浮かべて言った。


「――すべて、貴方のお望みのままに」


        ◆ 



 十叶詠子は夢を見ない。
 彼女がいる場所は、夢と現の境目なのだから。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとがき。
Missing小説第二段。十叶詠子のお話。
微エロ。ごめんなさい。
……いやまあ魔女ってたしかにそういうもんなんだけど。
箒にまたがるっていうのは騎××のメタファーだし。
次は黒猫の平穏を書いても良いけど、やっぱり魔女だし。
精神高揚と呪術としてこれくらいはしてそうかな……と思って書いてみました。
苦手な方、ゴメンナサイ。


↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。


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