1 黄金のお茶会
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 こんな午後もある。


 偶然暇な時間だった。単位の都合で、三時間ばかり授業がなかった。暇な時間は嫌いではないが、とくにやりたいこともやるべきこともない。
 文芸部にこもって本でも読むか――空目はそう思って、一階の渡り廊下を歩いていた。
「……っ」
 反対側から来た男子生徒の集団に、体を半歩ずらして道をゆずる。
 ぶつかりそうになったから、ではない。
 このままだと、ぶつかったことにすら気づかなかっただろうから。
 空目の後ろにたたずむ少女。
 その力が――空目の気配を、かぎりなく希薄にさせていた。
 注意していれば気づくが、他のことに熱中していると、ほぼ存在そのものに気づかない。
 互いににぎやかに喋りながら歩く男子生徒たちには、空目の存在など気づいてもいないだろう。
 故に空目は半歩ずれ――あやめを、手で自らの元に引き寄せた。
 それが面倒を避けるための事務的なものなのか、あやめの身を気遣ったものなのかは、本人にすら分からない。
 ただ、あやめは、少しだけ嬉しそうに頬を染めた。
 男子生徒たちはすぐに通り過ぎる。
 後ろに去って行く足音を聞きながら、空目は踵を返そうとし――

 そう思った矢先。
 視線の先、中庭の真ん中に、【彼女】がいた。
 魔女――十叶詠子が。
 茶会用に誂えた椅子に腰掛け、紅茶を飲みながら座っていた。
 空目の目が自然と細くなる。元から良いとはいえない目つきが、さらに険悪になる。
 魔女は空目に気づいた様子もなく、のんびりと紅茶を飲んでいる。
 ――どうするか、と空目は思う。
 アレは怪異の元凶だ。原因ではなくとも、全てに関係していることは間違いない。件の魔女団にしても、放っておけば途方も無いことをしでかすだろう。
 かといって、空目には積極的に止める気などはなかった。
 彼には彼の目的があり、その目的に反するようなら敵対する。そうでなければ関わらない。徹底した個人主義こそが、空目の内情だ。
 それでも足を止めたのは、そんな理由からではなかった。すなわち――
 ――暇つぶしにはなるか。
 そう思い、中庭へと一歩足を踏み出す。
 その袖を、あやめが引いた。
 上目遣いに空目を見る。行かないで、とでも言いたげに。
 空目は一瞬だけ沈黙して、空いた右手であやめの頭を撫でた。大丈夫だ、とでも言いたげに。
 交差はそれで終わった。あやめは手を離し、常のごとく空目の背を追った。
「……授業に出なくていいのか」
 十叶詠子は、たった今気づいたかのように、顔を上げて空目を見た。
 ティーカップを机に置き、柔らかく微笑む。
「こんにちは、【影】の人」
 空目は答えず、だまって対面する椅子に座った。あやめが斜め後ろによりそうようにして立つ。
「【神隠し】の子も、座っていいよ? ここは、みんなのものなんだから」
 詠子は、白く細い指で、空いた椅子を指差す。
 あやめは躊躇った後、空目の方を見る。
 空目は黙って、小さく頷いた。それを受けて、あやめは椅子に座る。詠子より、空目に近いほうの椅子に。
 全員が椅子についたのを見て、詠子はもう一度微笑み、紅茶に口をつけた。
 テーブルは一つ。椅子は四つ。空席は一つ。
 机上には紅茶とクッキー。
 無音空間は訪れない。背筋の凍るような危機感も、鳴らない鈴の音もない。
 怪異とは無関係の――ただの、お茶会だった。
「紅茶は嫌い?」
「可もなく不可もなく、だな。凝ったことなど一度もない」
「もったいない。魔術の本場は、紅茶の本場なのに」
「俺は【魔女】ではないからな……」
 詠子がそそいだ紅茶に、空目は口をつけた。
 音は立てない。そういう作法は見につけているらしい。
「貴方は?」
 魔女の誘いに、あやめは首を降って断った。
 断られるのが解っていたのか、詠子は「そう」と呟き、それきり薦めない。
「暇なのか?」
 空目の問いに、詠子は笑って答える。
「あの子たちは、みんな勤勉だから」
「それしかやることがないからな」
 主語を抜かした、彼らにしか分からない言葉。
 今この瞬間、この中庭は【日常】から切り離されていない。その証拠に、今もまた、廊下を一人の生徒が歩き去った。
 あやめがいる以上、彼らは注目されない。
 もし注目されていたとしても、彼らが何を話しているか、分かる人間はほとんどいないだろう。
 あの子たち。
 すなわち、もうすでに死に――怪異となり、帰ってきたモノのことを話しているなどとは。
 空目はティーカップに手をつけ、紅茶に出来た波紋を見ながら言う。
「【帰還者】はみな、何かを求めている。失くしてしまった何かを。それが見つかるまで――立ち止まることなく、彷徨っている」
「それは、彼らのこと? それとも貴方のこと?」
 詠子は言って、くすくすと笑う。
 空目は笑わない。ただ黙って、紅茶に口をつける。
 机の上に置かれたクッキーを一つ手に取り、詠子は言う。
「食べる? ひょっとしたら、【向こう側】の食べ物かもしれないけれど」
「頂こう。【向こう側】のモノなら、この身体に丁度いい」
 差し出されたクッキーを手に取ろうとして、ひらりとかわされた。
 詠子は手渡さず、自らの手で、クッキーを空目の口に咥えさせた。
 見ようによっては――ただの仲がいいカップルに見えなくもない。
 隣に座るあやめがじっと己を見つめていることに空目は気づいていたが、時に気を払わなかった。表情を変えることなく、無心でクッキーを租借する。
 甘い。もちろん、ただのクッキーだ。怪異の世界の食べ物ではない。
 食べ終わったのを見取って、詠子は言う。
「お菓子になっちゃうかもよ?」
「ヘンゼルとグレーテルか? あれも一種の神隠しだな。帰る術を知っていたのは僥倖だった」
「【目隠し】を外す方法を、ヘンゼルは知っていたからね。賢い子だよ。魔術師になれる」
「ハトに食われるような、拙い方法であったがな」
 芝居めいた会話は続く。
 戯曲めいた会話は続く。
 暗喩めいた会話は続く。
 お互いに決定的なことは言わない。
 お互いに決定的なことはしない。
 ただ、言葉の裏に意思を隠し、意思の裏に真意を持って、会話を続ける。
 お茶会は続く。
 お茶会は続く。
 キャストは三人。
 神に隠された少女と。
 神から逃げてきた少年と。
 神を解き放とうとする少女。
 お茶会は続く。
 お茶会は続く。
「犬は元気かな? そろそろ満月も近いし、発情期も近いけど」
「鎖を引き千切って逃げ出しそうだ。どうにも、本能を思い出したらしい」
「狼の?」
「狼の」
「狼は昔は、大神と書いたそうだよ。そう考えれば、私たちと同じ――ひょっとしたら、もっと上なのかもしれない」
「だろうな。【司祭】では敵わないだろう。狼は祀ろうモノではない。森で自由に生きるモノだ」
 お茶会は続く。
 お茶会は続く。
 キャストは三人。
 狼はいない。
 ルー・ガルーはお茶を飲まない。
 狼は牙をとぎ、森の中でひそかに待つ。
「鈴は鳴るかな?」
「鳴るだろうな」
「へぇ? どうして? 鏡を手に入れたんだから、鏡だけを見ていればいいのに」
「どこかの魔女に血を注がれたからな。……ひょっとしたら、鈴は魔を使うかもしれんが」
「……へぇ。【彼】が?」
「【彼】だ。確信はないが、彼もきっと――いや、まず間違いなく、現れるだろう」
 お茶会は続く。
 お茶会は続く。
 キャストは三人。
 鈴は鳴らない。
 追憶者はお茶会に加わることはない。
 追憶者は、輪の外から見ているだけだ。
 お茶会は続く。
 お茶会は続く。
 キャストは――
「【彼】は貴方に挑むかもよ?」

 キャストは――四人。

「【私】に? それはまた重畳。それが【彼】の願いなら、【私】は彼の前に立つだろうね」

 神に隠された少女と。
 神から逃げてきた少年と。
 神を解き放とうとする少女と。

 ――神に成った男。

「……神野」
 空いた四つめの席。
 いつのまにかそこに座っていた男の名を、空目は低く唱えた。
「いかにも。名づけられた暗黒こと、神野影之とは私のことだ。――久しぶりだね、人界の魔王」
 神野の挨拶に応えたのは、空目ではなかった。
 過剰な反応を示したのは、あやめだった。
 がた、と席を立ちかけ――
「――いい、あやめ。【今】は敵じゃない」
 空目が、それを制した。
 目の前にいるソレが何か気づき、あやめは即座に行動しようとし。
 空目は、あやめの行為と思考を全て理解して止めた。
 その繋がりを見、神野は笑う。
「思ったより【人】じゃないか。まるで【私】ようだね」
 その言葉には誰も答えない。
 空目は黙って紅茶を飲み、詠子は楽しそうに笑う。あやめは黙って、席に座りなおした。
 口を開いたのは、空目だった。
「お前はそちら側か?」
 神野は深く頷く。
「【私】を打破するのが【彼】の望み。そして、邪魔者を打破するのが【彼女】の望みだ。ゆえに私はそこに立つ」
 神野の言葉を聞き。
 人をとうの昔に止めた、怪異そのものに向かって、空目は。
「なら――お前は敵だ」
 おごそかに、宣戦布告をした。
 いつの日か、魔女にしたように。
 神野は笑って、それを受けた。
「……お茶会は終わりだ」
 空目は席を立つ。あやめがあわててその後を追う。
 返事を待つこともなく、後ろを降りむくこともなく、空目は歩き去る。
 その背に向かって、


「――それじゃあ。満月の晩に、パーティで会おうね」


 魔女の、宣戦布告が告げられた。
 空目は振り向かない。
 なぜならば知っているからだ。
 後ろを振り向いたところで――そこには、誰もいないのだ。
 魔王も、魔女も、お茶会の後さえも。
 振り向いた時には、全て消えて居るだろう。
 振り向かない今は、確実に後ろに存在する。けれども、振り向いてしまえば、そこには無いのだ。
 彼らは、そういうモノなのだから。
 だから、振り向くことなく、言った。


「紅茶は美味かった」


 後ろで、少女が微笑んだのを、空目はなぜか確信した――






                     ――【Mad Tie Partty】 is END



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↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。


◆あとがき◆




ずいぶんと久しぶりの二次創作デス。
Missingより、魔女・十叶詠子と空目のお話でした。
構想元はアリスとフォレスト。
場面としては、十三巻の前あたり、というところでしょうか。



魔女とあやめは人気だな、とやはり思います。
拍手の内容とか見ていると。
でも検索ワードだと【空目×俊也】が多いという恐ろしさ。
そんなものは一度として書いていないのに……!
男カップリングで検索してくる人、意外と多いです。泣きそう。


内容について。
お茶会。マッド・ティーパーティ。
タイトルは【黄金の真昼】から取って居ます。



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