大迫歩由実は首を吊る






 大迫歩由実は首を吊る。
 梨を取らずに、沼の主に呑まれるために。


        ◆



 携帯の通話を切った。
 必死に自分のことを心配していた綾子の声が途絶える。
 歩由実と日常の世界を繋いでいた最後の線が無くなった。
 この先に日常は無い。あるのはただ、異界だけだ。
 この先にあるのは、爛れた果実の匂いがする、梨の木だけだ。
 自分の手の中にある携帯電話を見下ろして、歩由実は口元だけで笑う。
 空虚で、何かを諦めた人間だけが持つ笑いだった。
 ――日常なんて、最初から無かった。
 全て、まやかしだった。
『大迫歩由実』という人間なんて必要なかった。
 ただ、道具として――儀式の贄として存在していただけだ。
 祖父、大迫栄一郎の復活のために。
 そのために父は魔術に触れ多くの人間を犠牲にした。
 そのために兄は死んだ。
 そのために自分も死ぬ。
 大迫栄一郎の復活のための道具でしかないのだ。
 日常なんて最初から無かったのだ。
 本来の場所に、戻ってきたに過ぎない。
 けど――


 ――この十六年の人生は、まやかしだとしても、自分だけのものだ。


 顔も覚えていない祖父に明け渡すつもりは無い。
 あくまで、『大迫歩由実』として終わってやる。
 沼の主――魔女に真実と選択肢を教わったとき、歩由実はそう決意した。
 どうせ『終わる』のなら、自分自身として死にたいと、歩由実は決めたのだ。
 だから今、歩由実はここにいる。
 携帯から目を外し、正面を見る。
 真夜中の学園。
 人の姿は、何処にも無い。
 街の音すら聞こえない。
 まったくの無音だ。

 ……ぎし……

 ――いや。
 一つだけ、絶えることなく鳴り続ける音がある。
 荒縄が、風も無く揺れてこすれる音がする。
 歩由実は正面を見据える。
 大きな――今まで学園に通っていながら、一度も見たことの無い木には、立派な実がなっている。
 首が折れた人のカタチをした、立派な実が。
 今まで散々見てきた首吊りの幻覚が、実態を伴って目の前にある。
 あれは祖父だ、と歩由実は思う。
 そして、あれは兄であり、自分でもある。
 首吊りの幻視。
 おいで、おいでと誘う荒縄の音に歩由実は応える。
 今行くよ、と。
 実を取るためじゃない――
 私も吊るされに――
 そう応えながら、歩由実は一歩一歩近づく。
 樹の根元までたどり着いて、歩由実は上を見合げる。
 大迫栄一郎――小崎魔津方と目が合った。
 首が折れた不自然な姿勢で、首を吊られ、明らかに死んでいるにも関わらず――
 哂っていた。
 酷く楽しそうな笑みだった。
 酷く楽しそうな笑みを浮かべて、歩由実を見下ろしていた。
 帰還できるのが嬉しいのだろう。
 死から復活できるのが嬉しいのだろう。
 十年越しの願望が叶うのが嬉しいのだろう。
 けど――お生憎様。私は貴方を取る気はないの――
 歩由実はそう心の中で思う。
 呟きに漏れていたのか――
 それとも魔術師は人の考えがよめるのか――
 吊られた男の表情が変わった。
 歓喜から、絶望と憤怒を混ぜた色へと。
 やめろ、お前が取るべきものはそれじゃない――と彼は言う。
 何故『三人目』がそんなことをするのだ――と彼は叫ぶ。
 歩由実の右手には、いつのまにか樹から垂れている荒縄を掴んでいた。
 首吊りの輪を歩由実は掴んで、大迫栄一郎を見ていた。
 何故だ――と彼は問う。止めろと懇願する。
 その問いに歩由実は応えない。
 悲しげに笑って縄を両手で掴み――


「――さよなら」


 それが大迫栄一郎に対しての言葉なのか、あるいは世界に対してなのか。
 自分でもわからぬままに、歩由実大迫は縄を自分の首にかけた。



        ◆



 大迫歩由実は首を吊る。
 たとえ物語の登場人物だったとしても私≠ニして死ぬために。 




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとがき。
Missing短編第五段。
脇役の二発目。
三巻と四巻の裏ヒロイン、大迫歩由実の物語でした。
結末を自らの手でかえた歩由実は凄いと思います。
まあ、彼女が死ななかったら、のちに幾人かの人間は確実に死んでいたわけですが。
魔女の手助けがあったとはいえ。
でも、好き度は小崎魔津方以下なんだよなあ……大好きデス魔術師。



↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。


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