屋上の怪


 怪異は忌すべきモノだけではない。
 時には、狂ったヒトに狂った幸せをもたらしてくれる。
 例えば――そう、屋上の怪。



        ◆



 森居多恵は学院の屋上にいた。
 黒服たちの傘下にある精神病院で厳重監視を受けているはずの森居多恵は、屋上のフェンスの向こう側に立って地上を見下ろしていた。
 一寸先には何もなく、風が吹くだけで堕ちてしまうというのに、多恵の顔に不安はなかった。
 多恵は、笑っていた。
 この世で最も幸せな笑顔を多恵は浮べていた。
 何故なら――
 多恵は右隣を振り向く。
 繋いだ手の先に、雪村月子がいた。
 雪村月子も、幸せそうに笑っていた。
 その笑みを見て多恵は更に笑う。零れ落ちてもなお溢れる幸せが多恵の中にはあった。
 勿論、もしこの場に第三者がいたとしたら、不審に思うだろう。
 なぜ、あの少女は一人で笑っているのか、と。
 多恵は答えるだろう。月子さんがいるから、と。
 さらに誰かは尋ねるだろう。雪村月子は、そこから飛び降りてとっくに死んでいる――と。
 つまりはそういうことだ。
 多恵は両目を潰し、異界を手に入れた。
 他の何もかもが見えなくなる代わりに、幸せな怪異の世界を手に入れたのだ。
 目隠しではない。目欠くし。異界を視る術。
 魔女、十叶詠子の忠告に従い、多恵はそれを手に入れた。
 精神病院から抜け出せたのも月子のおかげだった。
 無音の空間の中、誰にも気づかれずに、月子は多恵の手を引いてここにきた。
 自らの死した場所――屋上へと。
 多恵は繋いだ手に力を込める。月子の手がぐにゃりと歪む。
 目隠しをした月子さんは笑っていた。
 同胞の誕生に笑っていた。
 多恵もまた、月子と同じところへ至れたことを喜び笑っていた。
 彼女らにとって、日常は異界でしかなかった。
 今の彼女らは、怪異こそが日常なのだ。
 そこでこそ、幸せになれるのだ。
 そして――
 まだ、一つだけ足りない、と多恵は思う。
 月子と同じ場所へ至るには、一つだけ足りないのだ。
 向こう側に行きたいなら、こちら側の肉体を捨てなくてはいけない。
 だからこそ、多恵は屋上にいた。
 終わるなら、月子と同じ場所がいいと思った。
 そうすれば、きっと同じ場所に至れると思った。
 だからこそ、多恵は屋上にいた。
「月子さん! 月子さん! 私行くよ! 貴方のところに!」
 月子は狂ったように叫ぶ。その叫びは無音の世界に消えてどこにも届かない。
 聞き届けたのは、月子だけだ。
 多恵は笑って、笑って、笑ったまま脚を先へと踏み出した。
 地面など無く、当然のように多恵は落下した。地面めがけて。
 落下時間は短い。あっという間だ。
 それでも多恵は空中で視線を彷徨わせ、屋上を見た。
 月子が笑っていた。
 月子が笑っていた。
 月子は笑ったまま、ぐじゃぐじゃの肉になって解け堕ちた。
 私を迎えに来たんだ、と多恵は思った。
 多恵は自分の後を追って落ちてくる肉の塊に向かって手を伸ばし、
 地面は一瞬先まで来てその時多恵の脳裏にあったのは目を隠すだけでなく目を欠くすだけでなく目と連なる視神経とその先にある脊髄を通った先の脳まで潰して隠して欠くしてしまったら一体この世界に何が見えるんだろうと、


 ――あ。見えた。


 そして、多恵の思考は途絶えた。



 のちに、数多の自殺者を――幸せに至る為の手段を選んだ者たちを――出した屋上の怪奇は、こうして始まりを告げた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとがき。
ミッシング小説・森居多恵の怪奇でした。


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 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。

『〜〜の怪』シリーズ第三段……と思いきや実は二段の番外です。
『怪』シリーズはエログロにしようと思ったんですけど、月子の話で多恵が生きてるな、と思い出しまして。
まあ、間違いなく死ぬんだろうなとも思い発作的に欠きました。
『〜〜しない』の方がいいのかもしれませんけど、あっち向きではありませんし。
……本当は十叶詠子こそ『〜〜の怪』シリーズに出すべきなんでしょうが。
以上。

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