中庭の怪




 怪異が異界にだけ存在する、というのは大きな間違いだ。
 ソレはむしろ身近に存在するものであり、人の姿をしていることも多々ある。
 例えば――そう、中庭の怪。


          ◆


 中庭に魔女がすむ――という噂は、少なくとも『噂』ではない。
 かといって真実かと問われれば、それもまた応え難い。
 中庭に魔女がすむのではない。
 魔女が中庭にいるだけだ。
 魔女は、どこにでも現れる。
 それを望めば。
 異界を望みさえすれば。
 誰も望まなければ――魔女は中庭で待つ。誰かが望むのを。
 箒で空を飛べなくても、魔法が使えなくても、彼女は魔女なのだから。
 中庭という場所に意味は無い。
 そこは別に心霊スポットでも、地脈の交差点でもない。
 ただ、彼女がそこを好きなだけだ。
 そこが好きで、そこから見える光景が好きで、そこから見える異界の友人たちが好きで、彼女はそこにいる。
 十叶詠子は、今日も中庭にいる。
「いい天気だね」
 詠子は呟く。
 聞き手はいない。
 普通の人間に見える喋り相手は誰もいない。
 詠子は、詠子にしか見えない友人たちに話しかける。
「今日は『彼』の機嫌がいいのかな……空気が気持ちいいよ」
 彼、が誰なのかも、詠子にしかわからない。
 もしこの場に第三者がいれば、不思議に思うだろう。
 詠子の視点が彷徨っていることに。
 まるでそこに誰かがいるかのように、詠子の視線が動くことに気づき、その誰かは恐怖するだろう。
 ……尤も、この場に『第三者』が来ることは無い。
 中庭に来るのは、『物語』に関わる人間か――『物語』を織り成す人間だけだ。
 少なくとも、観測者より上でなければここに寄り付くことは無い。
 ――にゃあご。
 だから、この日の来訪者も人間ではなかった。
「……黒猫さんだね」
 詠子は不意の訪問者に視線を向ける。
 中庭の藪からゆっくりと歩み出てきたのは、一匹の黒い猫だった。
 ほどよく痩せたしなやかな体つきで、全身真っ黒の中眼だけが金色に輝いていた。
 首輪は無い。飼い猫ではない。
 ……そうだろう、と詠子は思う。
 飼われるのは、主人を持ち、主人に尽くすのは『犬』だけだ。
 猫はパートナーを持たない。
 だからこそ、猫には寂しい人が判るのだ。
 独りぼっちの猫は、独りぼっちのヒトのそばにくるのだ。
 遥か遠く、魔女の時代。猫が独りでしかない魔女の側にいたように。
「おいで、猫さん」
 詠子はその白い指を猫に差し出す。
 こちらへおいで、と。
 こちら側に来ないかい、と。
 魔女の誘いを、猫は――
「――痛いね」
 ――猫は、断った。
 差し出された指を、鋭い爪で引っかいたのだ。
 それが答えだった。
 黒猫はそれ以上詠子の側にいようとはせず、再び中庭の草草の間に消えていった。
 独りきりで、去ってしまった。
「ふふっ……嫌われちゃったかな」
 線状に出来た傷から流れ出た血を見つめて、詠子はそう呟いた。
 とても、嬉しそうに。
 猫が独りであることを選んだことを嬉しく思いながら、詠子は笑っていた。
 詠子は指を口元まで持ってきて、赤く長い舌で傷口を舐める。
 流れ出る血液に舌が更に赤く染まる。
 
 猫は独りを選んだ。
 私は独りきりだ。
 そして、『彼』も独りきりだ。
 彼はとても寂しそうだ。
 だから、私は彼を起こそう。
 独りきりの、寂しい寂しい山のカミサマを起こしてあげよう――

 自らの血を味わいながら、詠子はそう思った。

 



◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとがき。
ミッシング小説・十叶詠子の怪奇でした。


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 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。

『〜〜の怪』シリーズ第四段、ならびに十叶リターンです。
十叶詠子の短編はこれで二つ目。あやめに次ぐ回数です。
 ……あれ、八純と同じ?
まあそのへんは考えないことにして。
魔女のくせに猫に嫌われてしまう十叶詠子さんの話でした。
猫はきっと危険に気づいてます。
詠子さんはただ仲良くなりたいだけなのに。
 残念、とか言いつつもほんとはちょっぴり寂しがってたりもします。
ではこのへんで。



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