無題




 自らの絵を――自分の絵、と断言できる最初の絵を――見たときの感情を、僕は覚えている。
 きっと忘れることは無いだろう。
 書き上がったそれを見たとき、僕の心の中にあったものは、衝撃そのものだったのだから。
 魂を揺さぶる衝撃。
 欠けていた半身に出会えた歓喜。
 作・八純啓の文字すら誇らしげに思えた。
 もちろん、その絵は普通の人間からすれば忌避すべきものでしかなかった。
 絵に描いてあるのは、グロテスクな、生理的嫌悪すら催す醜悪な存在たち。
 ヒトの身では知りえない、怪異たち。
 尋常ならざる腕で書かれた怪異は、絵の中で生きているようにすら思えた。
 いや――
 生きているのだろう。
 絵の中で。
 そして、絵の外で。
 僕のかいた怪異は、僕の頭の中で生きている。
 それは妄想かもしれないけれど――僕の中では事実だ。
 僕は椅子をたち、キャンバスから距離を置いてそれを眺めた。
 少し距離を置いてみた絵は、完璧に思えた。
 非の打ち所がない作品。
 それ単体で存在する、孤高な絵。
 そして――欠けていることに気づいた。
 その絵には、大切なものが欠けていた。
『名前』が、無いのだ。
 存在するものすべてに与えられる、名前――題名が、その絵には存在しなかった。
 描いている最中には、そんなことは考えてもしなかった。
 描き終わった時には、そんなことを考える余裕はなかった。 
「……どうしようかな」
 独り言を呟いて、僕は絵をもう一度凝視した。
 絵の中には、さまざまな怪異が存在する。
 誰も見ることの出来ない怪異。
 僕の頭のなかにしか存在しない怪異。
 そうなのだ。その絵に描かれたその姿は、僕の頭の中にしか存在しないはずなのだ。だからこそ、名前はない。存在しないものに、名前はつけられない。名前がないからこそ、存在しない。
 だが僕は大きく天井を仰いで、声を上げた。
「ああ……」
 じゃあ、ここに描かれている姿はなんだ?
 それはもう、こうして存在してしまっているじゃないか。
 存在する以上、名前があるのが当然じゃないか。
 僕はそのとき、絵から眼を離して窓の外を見た。
 外には綺麗な――狂気を刺激するほどに綺麗な――桜と――
 臙脂色の服をきた、独りの少女。
 彼女にも、名前はある。
 きっと、昔は無かった。
 さらに昔にはあった。失われてしまった名前が。
 そして今は、恐らくは違う名前をつけられている。
 たとえ「音」が一緒でも、そこに込められる意味は違ってくる。
 存在するための名前というのがあるのだ。
 なら、この絵も――名前をつけるべきだ。
 そうして、彼らは形を持つのだから。
 僕は筆を取り、その絵に名前を――


 ――描いた。



 そこから先の物語は、魔女しか知り得ない。
 ただ、一つだけ、言えるとすれば。

 聖創学院に、また一つ新しい怪異が増えた――


◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとがき。
ミッシング小説・八純啓の物語でした。


↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。

いまさらだけれども。
うちのサイト、八純の登場率、多いです。
亜紀や俊也より多いという始末。なんか間違っているような気がします。
書きやすいというか……
なんとなく気に入っていると言うか。
男キャラでは最大数の登場を誇っています。多分これからも。
こうなったら水方センセイに出番を……それはないかな。


MISSING小学生組を描くとかいいながら、八純に走ってしまいました。
タイトル、内容は近藤武巳の小説『無題』から。
次回は多分、フェアリーテールか追放者です。
この連作を一週間で書こうかな、と。
まあ、内容はいつものようにいつものごとくですが。
では。

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