白髪の少年






 All in the golden down.

 むかしむかし、あるところに――



       ◆



――ねえ、お話を聞かせて?

 いいとも。
 どんなお話が聞きたい?

――貴方が出てくるお話。

 ……語り手は物語に出てこない。
 外側から物語を紡ぐだけだ。

――それなら、貴方が違う名前で、違う世界を旅したときのお話をして。
  違う貴方のお話。それなら出来るでしょ?

 やってみよう。
 出来るかどうかはわからないけれど。
 せいぜい、思いついてみようか。

――お願い。

 嫌な空だった。
 今にも泣き出しそうな、昼だというのに薄暗い曇り空。
 その空の下を、一人の少年が走っていた。

――陳腐な語り出しね。

 そうだな。
 少年はその陳腐さを「王道」と履き違えるような少年だった。
 ようするに、あまり賢くなかったのさ。

――その少年が貴方?

 信じたくはないがね。

――それで?

 少年は走っていた。
 逃げるように。
 事実、彼は逃げていた。

――何から?

 全てから。
 彼は自分の周りのもの、全てが嫌いだった。
 生まれつき白い髪の毛も、
 宗教団体の教主である父親も、
 その父親のいいなりでしかない母親も、
 全てが嫌いだった。

――不幸な子。世界はこんなにも愉快なのに。

 そんな彼も、唯一好きなものがあった。

――恋人でもいたの?

 違う。近いけれど。
 本だ。
 多くの人が書いた本。
 物語。
 それらが彼は好きだった。
 父親の書斎にある本だけでなく、町に出ては様々な本を読んだ。

――物語は素晴らしいわ。森はお話をすって成長するもの。

 本と物語だけが彼にとっての救いだった。
 シニカルで斜に構えた彼は、そこに逃げることは出来なかったけど。
 逃避したのは、十八の秋のことだった。

――何故逃げたの? とうとう愛想がつきたから?

 それもある。
 一番の理由は、高校を卒業と同時に時期教主の座につかされかけたからだ。
 父親の手によって、春から半ば軟禁のような扱いをされることを知ったからだ。
 そんなのは御免だ――少年はそう思った。
 俺は自由に生きてやると、そう思ったんだ。

――それこそ陳腐だわ。

 だよなあ。
 青臭いガキだったんだよ。
 自由が全てだと思い込んでた。
 とにかく、彼は家を出た。
 行くあては無かった。
 だから、新宿を目指した。

――このお話に、新宿が出てくるの?

 そうだ。
 少年は新宿を目指した。
 そこには全てがあるから。
 そこには何も無いから。
 朝に新しいものが生まれ、昼に育ち、夜に死んでいく街。
 朝に古いものは消え、昼にどこからか流れ入り、夜に活発化する街。
 成長と停滞、生と死を繰り返す、混沌のような街。
 この街でなら、何かが出来ると少年は思ったんだ。

――彼は何が出来たの? この新宿で、彼は何をしたの?

 ところが何も出来なかった。
 魔都新宿はそんなに甘くは無かった。
 芸も無いコネも無い少年が来て何か出来るほど、甘くなかった。

――なら、家に帰ったの? 全てを諦めて。

 いいや。彼は諦めなかった。
 初めから何も望んじゃいなかったから。
 彼はそこでホームレスになった。
 鴉や猫と話しながら、長い長い一生を、自由に生きた。

――それでお終い?

 お終い。
 彼は何もせず――
 何も成せず――
 新宿の街に取り込まれて、緩やかに――
 新宿の街と混ざり合って、ゆっくりと――
 死んでしまった。
 それだけのお話さ。

――そんなの嫌。詰まらないわ。

 そうかい。
 なら、こんなお話はどうだ。
 少年はホームレスになった。
 ゴミのような飯を食べながら、片手間にジャグリングを覚えた。
 あんまり上手じゃなかったけど、彼は楽しかった。
 今までは頭でっかちで、身体を動かすことは少なかったからね。

――それで大成したの? ジャグラーとして。

 違う。
 それは趣味に過ぎない。
 それで生きていけるほど、新宿の街は甘くない。
 彼は何日も食べ物にありつけず――
 飢え――
 乾き――
 立つ元気すらなくなって、路上に倒れ込んだ。

――またそこでお終い?

 いいや。
 ここで一人の少女が現れる。

――女の子?

 そう、女の子だ。
 灰色の少年よりは五つは若い、純朴そうな、夢見がちな少女だった。

――定番ね。少年は少女に会う。古典的な物語。

 そうだ。
 缶にはクッキー。
 物語にはキャラクター。
 そして、少年には、少女だ。

――それから、その人はどうなったの?

 少女は言った。
 ――何をしてるの?
 少年は息も絶え絶えに応えた。
 ――腹が減って倒れてるんだ
 少女は文脈を無視していきなり言った。
 ――綺麗な白い髪ね。
 突然何を言うかと思った。
 だってそうだろう? 話の前後が繋がってない。

――確かに。面白い少女ね。

 感性が強いんだ。物語がどんどん広がっていく。
 すぐにわかったよ。
 ――生まれたつきだ。
 彼はぶっきらぼうに答えた。
 近ごろは公園の水で洗ってます、とは言わなかった。

――不潔。

 シャワーをあびる金なんて無かったのさ。
 少女はしゃがみ込んで、少年の頭に手を置いていった。
 ――お爺さん、辛いの?
 泣きたくなったね。
 いきなり爺呼ばわりときたもんだ。
 まだ成人もしてないのに老人が空腹で倒れてると思われたんだぜ?

――貴方、語り手から「人物」に戻ってるわよ。

 失礼。
 とにかく、彼は腹が立った。
 一発殴って食い物か金を奪おう――本気でそう思った。

――野蛮。

 それくらいせっぱつまってたんだよ。
 ――俺はまだ十八だ。
 少年はそれだけ呟いて、顔を上げた。
 そのとき、初めて少女と目が会った。

――惚れたの?

 驚いたのさ。
 そんな目をする奴を、少年は初めて見たから。
 彼が見たことのある目は、両親や教団者、ホームレスのように諦めてにごった目か――
 新宿の街を行き交う人のような生きるのに精いっぱいの目か――
 一部の人間にやどる、野心に満ちた目だけだったから。

――少女の瞳に、少年は何を見たの?

 純粋さを。
 悪意の存在を知らない『楽園の少女』のような目を、彼は見た。
 そんなものが存在するなんて、思いもしなかった。
 穏やかで幸せに満ちた少女の目を見てしまった。

――壊したくなった? 嫉妬に駆られて。

 そうかもしれない。
 その時、少年の胸にあった気持ちは、本人でも判っていなかった。
 嬉しいのか悲しいのか。
 羨ましいのか憎らしいのか。
 興味を引かれたのは確かだ。
 惚れた、というのもあながち間違いじゃないかもしれない。
 少女の存在は、少年の心に深く刻まれたのだから。

――ふぅん……それで? 少年と少女はどうなったの?

 少女は言った。
 ――ついてきて。何か、食べさせてあげる。
 言葉と共に、少女は手を差し出してきた。
 少年は一瞬だけ逡巡して、その手をとった。

――こんどこそ、お終い?

 このお話はね。
 少女と少年のお話は、この後も色々と続くけれど。
 少女は後に「捨てられた子犬みたいな目だった」と言うし――
 少年は後に少女を徹底的に破壊することになる。

――そのお話は聞かせてくれないの?




 語り手は、一度だけ苦笑して、答える。




 ――それはまた、別のお話。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとがき。
マイナー路線。Liarsoft/forestの第三段。城之崎灰流――違うなあ、名無しの少年の物語。


↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。


城之崎灰流がまだ語り手ではないころの話。
名無しの賢者が生まれていないころの話。
雨森望がまだ聞き手ではないころの話。
魔女アマモリがまだ生まれていないころの話。
これ関連はあと二つ書くかも。
名無しの少年と「望ちゃん」の物語を。

広告 [PR] 再就職支援 スキルアップ アルバイト 無料レンタルサーバー