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 カラン、コロン、と音が聞こえる。
 打木を転がしたような、特徴的な音。
 何の音だったか……すぐには思い出せない。
 カラン、コロン。
 頭の奥にまで響いてきそうなその音は、遠くから、近くへと、ゆっくりと寄ってくる。
 カラン、コロン。
 朦朧とした意識で―― 僕/俺/私 は、それを聞く。
 視界が暗くて、ここがどこか分からない。
 五感も思考もすべて曖昧で、ただぼんやりと、木の音が聞こえるだけだ。
 何もわからない。
 ここがどこなのか。
 いまがいつなのか。
 僕/俺/私 が誰なのかということさえ。
 世界には、どこか懐かしい感じのする音しかない。
 カラン、コロン。
 音が――すぐ近くまで来る。
 手を伸ばせば、触れれそうなほど、近くに。
 そこまで来て、俺/僕/私 はようやく気づく。
 その音の正体に。
 カラン、コロン。
 この音は。
 徐々に近付いてくるこの音の正体は。
 下駄の、音だ――
 カラ、ン。
 足音が、止んだ。
 僕/俺/私 の、ほんの一寸前で、足音が止まった。
 手を伸ばせば届く、という距離ではない。
 体の産毛が触るか触らないか、そんな距離のような気がした。
 そのくせ、実感はまるでない。どこか幻のような、実態のない、そんなイメージしかなかった。
 音が止んで、何も感じられなくなったせいだろうか。
 ふと、怖くなった。
 本当に、そこに下駄の主がいるのだろうか。
 最初から、いなかったのではないのか。
 いや、それとも。
 下駄を吐いた、何か、人ではない別のナニカが、無防備な 俺/僕/私 を見下ろしているのではないか――
 そんな暗い妄執さえ思い浮かんだ。
 怖い。
 そう、怖い。
 胸の中にある感情は、確かに恐怖だった。それが何に対してかはわからないにせよ。
 僕/俺/私は、胸の中に芽生えたその感情を唯一の頼りに、感覚のない口を開き――

「――お主は」

 下駄の主が、喋った。
 何かが漏れかけていた僕の口からは、何も出なかった。恐らくは半開きのまま、間抜けな表情で固まっているのだろう。
 悲鳴すら出なかった。
 声は、まだ若い少女の声だったように思う。
 古くさく、芝居がかった――どこか一方的で、高圧的で――圧倒的な声。
 ソレを前にして、《自分》を持てない 僕/俺/私 に出来ることなど、何もなかった。
 殺される――消される――喰われる。
 そんな馬鹿げたことを、思いさえした。
 
「迷い子か?」

 二度目の声。
 それもやはり、少女の声だった。
 まだ成長期半ばのような、高く若い声。
 けれどもその声に抑揚はなく――百年と生きた老婆の声と言われても信じそうな響きがあった。
 それが、逆に怖い。
 人の声を持っていても。
 それは、人ではないのかもしれないのだから。
 もっとも、僕/俺/私 に出来ることなど、何も無かった。
 耳の感覚はなく、声を聞くことすらできない。
 ただ、『音』を受け入れているだけだ。
 全ては曖昧。
 かすかな恐怖を頼りに、必死で声の主のことを考える。
 迷い子。
 迷子。
 ああ――
 思う。
 僕/俺/私 は。
 どこから来て。
 どこへ、行きたいのだろう。
 そんなとりとめのないことを、なぜか思ってしまった。
 
「奇異な客よの……このとうかんもりに迷い込むとは」

 何かが触れる。
 触れたところが熱を持つ。
 熱い――そして、冷たい。
 熱い雪が触れたような、そんな矛盾を帯びた感覚。
 さわっている何かは冷たいのに、そこから熱が出ているような、そんな感じがした。
 けれども――触られたところから、感覚が戻ってくる。
 僕/俺/私 の存在が、再び形作られていく。
 少女の手に触られているのだと、ようやく気づいた。
 視界がゆっくりと戻る。
 ぼやけた意識が、ぼやけた世界を認識する。
 少女は――紅かった。
 深紅の着物。
 深紅の瞳。
 深紅の――鋭く伸びた、中指の、爪。
 気づく。
 紅いのは、少女だけではないことに。
 世界が、紅い。
 初めは夕焼け時かと思った。
 けれども、違う。
 雪が降っている。
 赤い――紅い雪が、降り積もっている。
 雪が、世界を紅く埋め尽くしている。
 静かに、静かに。
 しんしん、しんしん、と。
 世界が、少女の色に染められる。

「まあよい――どこから来たのか知らぬが――誘おうぞ、此方まで――」

 その言葉を最後に、僕/俺/私の意識は落ちていく。
 深い深い闇の中に。
 意識は沈んでいく。
 紅い紅い雪の中に。
 すべてが紅く染まり、身体も、意識も、世界すらも紅になり。
 全ての境界が消えて。
 僕/俺/私 という存在は、他の全てを混ざり、意味を成さなくなった。
 最後に、消えゆく僕/俺/私の意識が、感じ取ったのは。





 少女からは、腐り落ちた果実の匂いがした――







      
 腐り姫’   


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 中篇に続く。


↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。


◆まえがき◆


なんの因果か腐り姫。五樹ぃ……そんなこと、言うもんじゃない(挨拶)

今更な感もしますが、腐り姫の二次創作デス。
……本当に今更だなあ。
いやまあ、面白いものはいつまででも面白いですけど。
難はマイナーなことか……会社自体も。
マイナーというかマニアックというか。
いい会社なんですけどね……

作品について。
前・中・後編の三篇です。
内容については……書き終わってカラデ。




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