1 宝物のかけら
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 ジャグラー泣かせの空だった。
 7月にふさわしいからっぱれの空で、雲なんて一つもなかった。
 夏を主張する光は不穏なほどに鋭い。
 その光が眼にささるもんだから、男は何度もボールを取り落とした。
 その男は、ジャグラーだった。
 お手玉を操る、街角の芸人。
 腕も見入りも、ついでに言えば芸歴もそこそこ。
 そこそこ、を超えないところが、男の不真面目の一端なのかもしれない。
 今も、受けようとしたボールを落し、それっきりやる気を失って座りこんでしまった。
 男の顔には、疲労がある。
 俺、なにやってんだろうなあ――そんなことを考えている顔だ。
 その顔が、ふと陰に入った。
 男の前に、誰かが立ったのだ。
「ねぇねぇお兄さん、あんたってさ、マジシャン?」
 誰かの声は、女の声だった。
 まだ若い、活気に満ちた声。
 男は顔を上げて声の主を見る。
 太陽が逆行になっていて、その顔は見えなかった。
「マジシャンじゃない。ジャグラーだ」
「ふぅん。帽子からウサギ出したりできないですか?」
「無理だ」
「ハトは?」
「それも無理だ」
「うひゃっひゃっひゃ。お兄さん、何にもできないじゃん」
 腹を抱えて女は笑う。
 その笑い方は下品で、人をおもいっきり馬鹿にした笑い方だったけど、不思議と男は怒る気になれなかった。
 ただ肩をすくめて、
「だからマジシャンじゃねーっての」
「じゃあさじゃあさ、何々ですかい?」
 男はため息を一つ吐く。
 相手をする必要はなかった。
 ただ適当に流すか、無視するか、何なら場所を変えてもいい。いやな客相手には、今までだってそうしてきた。
 そうしなかったのは軽佻浮薄な女の態度が、あまり嫌いではなかったからだろう。
「ジャグラーで、詩人で、」
 ――家庭教師で。
 そう言おうとして、男は止めた。
 もう、家庭教師ではないことを思い出したからだ。
『先生』である必要が、もうなかったからだ。
 代わりに、一つだけため息を吐いて続けた。
「――旅人で、宝捜しの最中だ」
 女はひゃらひゃらと笑った。
「なに? あんたってばロマンチスト? それとも宝ってカネ? 宝石?」
 男も苦笑いを浮かべた。
「さあな。そんな即金的な物じゃないのは確かだ。宝探しは嫌いか?」
 男の問いに、女はやっぱり笑ってこたえた。
 女はつねに笑っていた。
 この世には、楽しいことで満ちているとでも思っているかのように。
 この新宿にいることが、何よりも幸せだと思っているかのように。
「それがなんだとしても、宝探しは燃えるッ! すっげ〜いいモノかもしれないじゃん?」
 それもそうだ、と男は同意する。
 そうでしょ、と女は笑う。
 周りを歩く人々は、誰も彼らに注目しない。
 男と女は、新宿の真ん中で、ぽっかりと切り取られたように二人きりだった。
 森はない。
 辺りにあるのはコンクリートで、新緑の匂いは少しもしない。
 肌がちりちりすることもなければ、ネコのヒトが走り回ったりもしない。
 ただの、新宿だった。
「んで? 見つかりそうなの?」
「見つけるさ。今はまだ、ほとんど見つかっちゃいないがな」
「何年かかっても?」
「何年かかっても、だ」
 女はうひゃひゃと笑う。
 男の一言一言が、女にとってはおかしいらしい。
「あんたさぁ、その頃にはきっと、すっげ〜ジイサンになってるかもよ? ヨボヨボで、『宝って何?』とか言い出しそうな」
「そうかもしれないな」
 男も薄く笑っていた。
 女の言葉を信じていないわけではない。
 ただ、そういうこともあるだろうな――と、そう受け入れている笑いだった。
「な〜んにも見つかんないかもよ? まったくのムダかもしんないのに、それでも捜すの?」
「無駄かどうかは、俺が決めるさ」
「適当に踊って歌って過ごした方が楽しいのに?」
「それは俺の役割じゃなかったからな」
 女はふうん、と言って笑う。
「あんたってさぁ、ええかっこしぃでしょ? すっげーキザ」
 男はにやりと笑う。
「まあな」
「うっわ! 認めちゃったよ!」
 女は笑う。男は笑う。
 声にだして、二人は笑う。
 ただ。
 女が、どんな顔をしているのか。
 笑いながら、女がどんな表情をしているのか。
 それだけは――男には、わからない。
 ひょっとしたら泣いているのかもしれない。そんなことをふと思った。女の声は楽しそうで、笑っているのに。確信もなく、そう思ってしまった。
「宝、欲しいの?」
 唐突な女の問いに、男は答えなかった。
 答えるまでもない、とでも言いたげに、女に向かって手を伸ばした。
 女は――その手に、自分の手を重ねて、持っていたものを男に手渡した。
「……なんだこれ?」
 女はうっしっし、と笑って答える。
「タバコ。ソレ、美味しいヨ?」
 がっくりきた。
 女が手渡したのは、確かにタバコだった。しかも箱ではなく、一本きりのタバコ。
 手の中に視線を落し、銘柄を確認する。
 チェリー。やけに古臭いタバコだった。
「おまえはオヤジかっての。チェリーなんぞ昭和ひとケタしか吸わねえよ」
「だから、宝。それでもキチョーヒンなんだよね」
 女は笑う。男も笑う。
 一本きりのタバコは、時間の流れを吸い取って、よれよれだった。
 まるで自分みたいだ、とタバコは思った。
 あるいは――目の前の女みたいだ。
「ソレってさ、あたしのかけらなんだ。あのコのかけらの、あたしのかけら」
「……どういうことだ?」
「ホンモノはとっくに踊り死んでるだろうけどさぁ? なんか、そんな気するっしょ?」
 男は答えない。
 女は笑わない。
 目の前の女が誰なのか。
 目の前のモノがナニなのか。
 男は、ようやく気付いた。
 男は、ようやく思い出した。
 男は――ようやく、思いついた。
 そして、その名を――
「なが――」
「ま! けどさ、あんたは大丈夫そうだしぃ? 宝捜し? いいじゃんいいじゃん楽しいじゃん?」
 男の言葉を遮って、女は言う。
 そして笑う。
 しめっぽいのは無しだ、とでも言いたげに。
 女のいうホンモノも、そうするように。
 だから、男も笑って答えた。
「よけいなお世話だ」
 男は笑う。
 女は笑う。
「バイバイ」
 女は笑って、笑ったまま――消え去った。
 男はまた、独りになる。
 ひょっとしたら、さっきからずっと独りだったのかもしれない。
 女なんて、いなかったのかもしれない。
 短い、短い夢を見ていたのかもしれない。
 男には分からない。
 ただ――

 胸の中には、新しい宝物かけらが一つ。



                                     END

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↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。


◆あとがき◆


FOREST第四弾、「かけら」と「語り手」の物語でした。
あるいは九月周と城之崎灰流の物語。

FOREST全員書いてねえ、と叱咤をうけての作品。
……やっぱり全員出てないけれど。
とりあえずは……出たのかな、これで。
アリスが主役をそのうち書きたいです。
タイトルは恐らく『たいにぃ・ありす』で。

FORESTは名作です。人を選びますが。確実に。
ただ、はまる人はまずはまるかと。

最後に。
インレの黒ウサギ最高。



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