――この夏は永久に続くと思っていた。



        セミのいない夏




 誰もいない道を、伊里野と二人並んで歩いた。
 十月を過ぎても気温は高く、そのくせセミの鳴き声は聞こえない。
 まるで何もかもが死に絶えてしまったような静かな夏。
 湯気が昇ってきそうなコンクリート作りの道路は二車線で、車どころか通行人の姿すらなかった。どこかで検問が行われているのかもしれない。
 緩やかな下り坂をのんびりと歩く。
 伊里野は周りをきょろきょろと見ながら浅羽の周りを歩いている。時折、急に走って坂を下りたかと思えば再び逆走したりもする。何かを探したりもするが、何を探しているのかはやっぱり解らない。
 やっぱり帽子を買ってやればよかったかな、と浅羽は思う。
 誰もいないところでは伊里野はフリッツヘルメットを外している。しかし、色素の抜けた白い髪は直射日光に弱いはずだ。麦藁帽子か何かを買っておけばよかったのかもしれない。
 とはいえ、金も無ければ売っている店もない。
 虎の子の百円玉をむやみやたらに使うわけにはいかないし、帽子が売っているような店はとっくにシャッターを下ろしている。町によること自体危険すぎて出来ない。
 鼻血吹いてぶっ倒れたら無理矢理ヘルメットを被せよう。
 今の所『浅羽』は次の町で待っていることになっている。
 次の町にたどり着くまでは、伊里野は歩き続けるだろう。倒れても、鼻血を吹いても、目が見えなくても。
 そこまで思われている『浅羽』に嫉妬する。
 そこまで思われていて気づけなかった『浅羽』を憎む。
 そこまで思われていて気づいていながら気づかないフリをしていた『浅羽』を殺してやりたいと思う。
 そんな『浅羽』は、もうどこにもいないのに。
「……伊里野、大丈夫?」
 無様な思考を覆い隠すために浅羽は声に出して聞く。
 伊里野は右足の踵だけでくるりと回って振り返る。スカートの裾がふわりと回る。
 無表情にひと言、
「へいき」
 ……目は見えているらしい。
 視線が自分に定まっていることを確認して浅羽は内心安堵する。
「キツくない? 少し休む?」
 返答はわかっていたけれど、浅羽は聞いた。
 伊里野の回答は、予想通りのものだった。
「いい。浅羽が待ってる」
 それだけ言い置いて、伊里野は再び歩き出す。
 浅羽は大仰に肩を落とし、肺の中の酸素の全て吐き出すかのようなため息をついた。
 白い髪の後ろ姿を追って歩き出す。
 独りきりで歩いていると、ろくでもないことばかり考えてしまう。
 例えば、今の伊里野はいったい「いつ」なのだろう、とか。
 記憶の退行を続ける伊里野は、今は「いつ」を生きているのだろう。
「伊里野、」
 伊里野は歩きながら、顔だけ振り返って速度を落とした。
 馬鹿げた考えだ、と思う。
「なんでもない」
 伊里野は不機嫌そうに頬を膨らませる。そんな表情を『浅羽』は見たことがなかった。
 すぐに興味を失ったのか、伊里野は浅羽から視線を外して空を見る。
 突然立ち止まった。
 空を見上げたまま、呆けたように伊里野は立ち止まってしまった。
「あ、」
 その呟きにつられて、浅羽も空を見た。
 遠くに、航空機が見えた。
 遥か遠くの空を、一機の航空機が飛んでいた。遥かに高い位置を、正面から自分たちの方へと飛んでいる。
 遠すぎて形がわからない。
 音が届いていないということは、あれは音より早く飛んでいるのだろうと思う。
 戦闘機の類かもしれない。
 航空機は伊里野と浅羽が見ている中、あっという間に頭上を飛び越えて後ろへと飛んでいった。
 一瞬だけ遅れて轟音が聞こえてきた。
 耳を劈くようなもの凄い音の中、浅羽は視線を下ろす。
 伊里野はまだ、空を見ていた。
 空を飛ぶ機体を見上げながら、伊里野は声も無く泣いていた。
 浅羽は何も言えない。身動きすらも出来ない。
 
 セミのいない夏のように、伊里野は静かに涙を流していた。

 伊里野が口を開く。
 轟音の中、飛び去る戦闘機に向かって声を張り上げる。


 ――友軍機。




伊里野の空UFOの夏二次創作二次創作、セミのいない夏でした。
夏は終わりません。浅羽が終わらせない限り。


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 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。

今回のは思いついて書き終わるまで十数分です。
勢いのまま書いたというか……ほぼ情景作品です。伊里野の中のほんの一シーン。
イメージ元は『スタンド・バイ・ミー』ですね。
……やっぱりあれは名作ですよ。原作も映画も。
今だに見ると泣きたくなります。あるいは、今だからこそ。

作品について。
上記にかいたように、一シーンです。
浅羽の独りきりの逃避行のお話でした。
伊里野はきっと、過去を見てます。
自分で忘れてしまった、エリカを見ています。
空にいない自分を見ています。
どこにもいない、『浅羽』を見ています。
きっと、夢の中に生きています。

……起こしてやるのが王子様の役目だと思うんだけどなあ。
浅羽は最後はキスの代わりに告白で目覚めさせたけど。
水前寺部長なら殴り起こしそうですけどね。


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