番外・保健室の女




 僕は夕暮れの校舎を彷徨い、彷徨った果てに保健室に向かう。
 そこには少女はいない。
 僕に救いを求める子はいない。
 誰にも救いを求めない人がいるだけだ。
 自堕落な母のような存在があるだけだ。
 僕は保健室の扉を開けて中に入る。
 保健室の中は赤かった。
 血のように。
 夕焼けを受けて真っ赤だった。
 今まで保健室に流れ出た血を全て吸ったかのように真っ赤だった。
 僕はそんな妄想を切り捨てて歩を進める。
 いつもの場所に、いつもの人はいた。
 大森となえは、いつもと同じく煙草を吹かしていた。
「おお、あンたか」
 となえは僕に築いて、咥えていた煙草を掲げて挨拶した。
「こんにちは」
 僕も挨拶して、彼女の目の前の椅子に座る。
「……あンたも懲りないねぇ。へへっ、煙草吸いに来たんだろ?」
 懲りない、とはどういう意味だろうか。
 煙草を吸いすぎている、という意味だろうか。
 それはとなえには言われなくないことだ。
 灰皿に積もった煙草の山を見れば、となえの方が吸いすぎなのは明らかだ。
 教育実習生たる僕は、授業の間は煙草を吸えない。
 吸えないんです。
 教師は煙草を吸ってはいけないんです。
 誰もの手本になるべき人間だから。
 けど、ここなら違う。
 ここでの僕は教育者じゃない。
 ただの『僕』だ。
「一本貰いますよ」
 僕は返事も聞かずに机のうえから煙草を一本抜き取る。
 ライターだけは自前のを使った。
 頭にニコチンが廻って、すっきりとしてくる。
 一日のもやもやとした気分が、煙草一本で消えるなら安いものだ。
「あンたもせこいねえ」
「この前一本あげましたよね」
 ……あれ。
 この前っていつだろう。
 昨日だったのか。
 昨日っていつだろう。
 僕はいつ、となえとこうして煙草を吸ったのだろう。
 いったいいつから、教育実習生をやっていたのだろう。
 いったいいつまで、教育実習生をやるべきなのだろう。
 僕にはわからない。
 わからないことは考えないことにする。
 僕は煙草を味わい、思う存分味わってからとなえに話しかける。
「……となえさん、ちょっと相談いいですか」
 となえは、黙って煙草を灰皿に捨て、僕に続きを促した。
 扇情的に脚を組んだ脚を見ないようにしながら僕は話す。
「少女を救いたいんです。救わなきゃ駄目なんです。彼女たちは僕にしか救えないんです。彼女は僕に救いを求めているんです。僕に救って欲しがってるんです。僕も救いたいんです。僕も救われたいんです。救って救って救って救って救って救われたいんです。どうすればいいんでしょう?」
 沈黙……。
 となえは何も応えなかった。
 ただ、新しい煙草に火をつけて咥えた。
 ひと息ついてから、となえはようやく言った。
「少女を救ったらあンたが救われるんじゃなくってさぁ、」
 その声は気垂げで、やる気がなかった。
 いつものこととはいえ、少しだけ苛立ちを覚えた。
 僕は真面目に話しているというのに……
 それとも、これがとなえの真面目なのだろうか。
 そんな気がする。
 となえはとなえなりに真面目なのだ。話し相手をリラックスさせるための手段なのだ。
 きっとそうだ。
 となえは紫煙をを吐いて、続きを口にした。
「あンたが救われたら、少女も救われるんじゃない?」
「それは……同じことなんじゃ、ないんですか」
「ぜぇ〜んぜん。まったく違うことさね」
 そう言って、となえは新しい煙草に口をつけた。
 これ以上話すことは、何もなかった。
「じゃあ、僕はこれで」
「はいよ。また明日ね」
 席を立った僕の眼に、またしても壁に貼られた保健ニュースが飛び込んでくる。
 視神経、眼球、レンズ、網膜……。眼の付近の構造が嫌でも頭に入る。
 彼女の言葉を背中で聞きながら、僕は煙った保健室を後にした。


『あンたが救われたら、少女も救われるんじゃない?」
 そんなこと言われても……
 少女が救われなければ、僕も救われない。
 ウロボロスの輪みたいだ。
 もしかしたら、救われることなんてないのかもしれない……。
 なら、僕は何のために彷徨っているのだろう……?



◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとがき。
さよならより大森となえのお話でした。


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 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。

となえさんは好きですね。
マリオの話や気だるげな態度もそうですけど、何よりも声。
あの声だからこそ惚れるというか。
声優さん万歳。
一番好きなシーンは『主人公にネタをばらす』あのシーン。
二重音声はいつか使いたいネタです。

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