畳針+テスラ式処置




 その紙を受け取ったのは、四限目が終わってすぐ、誰もが購買部に走っているときだった。
 そんな時間だから、誰も彼女に注目していなかった。
 彼女は、階段の踊り場の隅で紙を配り続けていた。
 受け取る人なんていないのに、延々、延々と紙を差し出し続けていた。
 たった一人で。
 寂しそうではなかった。
 彼女の顔にはむしろ、奇妙な充実感があった。
 自分こそが世界を救っている――なぜか、彼女がそう考えていると僕は感じてしまった。
 理由はすぐにわかった。
 眼が違うのだ。
 彼女の眼は人を見ていなかった。何も見ていなかった。
 確かに正面を、人のほうを向いているのに、焦点があっていないのだ。
 まるで、他の誰にも見えない何かを見続けているかのように。
 そのことに興味を引かれて、僕は彼女のもとに近づいた。
「こんにちは」
 僕がそう言うと、彼女は小さく会釈した。
 彼女の顔を見つめる。やっぱり眼は合わない。
 その顔を間近で見て、僕は彼女が誰か気づいた。
 雲井なたね。 
 学年で一、二を争う有名人だった。
 売春をしているとか、父親に犯されたとか、黒い噂が耐えない少女。
 そしてそれ以上に有名なのが、彼女の奇妙な言動だった。
 所謂デンパ系。それが彼女の総評だった。
 ……まあ、噂だしね。
 僕はそう思い、彼女に話しかける。
「それ、よかったら一枚もらえるかな?」
 彼女は微笑んで応える。
「どうぞ。貰ってください」
 手渡されたその紙に、僕はその場で眼を通した。
 そこには、こんなことが書かれてあった。

『告発ならびに警告として私がみなさんにお伝えします。
 犯罪的凶悪異星人による、シンリャク行為です。(リストラジオ x線。赤外線。紫外線。マイクロ波を使用のことです)。
 電磁波の大半が地上に到達する前に消滅し、カオス的な系が、最終的結果の初期条件(非常に敏感に変化してしまう系だそうです)、または最終的な結果(到達点)は初期条件(最初の点)によって規定され、私は二つの指論(核酸=DNA&RNA)を受け取ることにより、凶悪星人による犯罪行為を未然に防 / 防止したいと日夜戦い続けています。上記、確かにお願いし御ます 。
 異星人による、細胞に対して行われる化学反応攻撃(触媒)、構造の単位(グリシン。アルギニン。アラニン。アスパラギン。バリン。フェニルアラニン。トリプトファン)が選ばれ、 毎日犯されて、苦しめられてきました(これはまだ証明できません)。
 こうした真実を告発ならびに警告としての私がお知らせします。
 警察、自衛隊、科学組織出身の方々への働きかけと放送関係のご協力をお願いいたします。
 (精神的なものでも構いません)。   』

 ……このとき、僕が感じたモノが一体何なのか、僕自身にも判らなかった。
 ただはっきりとわかったことは、雲井なたねはデンパ系でもなんでもなく、異常者そのものでしかない、ということだ。
 この紙が何らかの意図で作られたものとは思えないし、本気でこう思っているなら異常過ぎた。
 何よりも――
 僕は紙から眼を離してなたねを見る。
 なたねは微笑んでいた。
 この紙に書かれていることが正しいと、自分は本当に告発と警告を、世界を救おうとしているのだと、そう思っている顔だった。
 それこそが何よりもの異常だった。
「……ねえ、雲井さん、」
 何かを言おうとした、その瞬間に、 


 唐突に、衝撃が来た。


 脳を揺さぶるそれが電波であると、僕はなぜか確信していた。
 きっとあの紙を読んだせいに違いない。
 頭の中に電気が閃く。
 どこからか跳んできたイメージが、僕の頭の中を犯していく。
 そのイメージの中で、なたねは宇宙人に犯されていた。
 言葉通りの意味で。
 目の前の少女、雲井なたねは宇宙人にレイプされいた。
 数多の噂そのままに。
 映画に出てくるような、『グレイ』そっくりの宇宙人だった。
 そしてイメージの中で、なたねは腰を動かし続ける宇宙人に向かって、隠し持った畳張りを突き刺した。
 ぐず、という嫌な音が聞こえたような気がした。
 宇宙人は悲鳴を上げて後ろに下がった。
 対照的になたねは笑っていた。 
「わはははははははは!! 敵を拘束する時は身体検査ぐらいするのが常識だろうがこの民間人! 戦士である私が武器の一つぐらい隠し持っていないとでも思ったかひっつき星人!!」
 さっきまで話していた、大人しめの少女とは思えない変貌具合だった。
 狂騒――その言葉が一番似合った。なたねは狂ったように笑って、狂ったように叫んで、狂ったように畳張りを宇宙人にもう一度突き刺した。
 再び上がる悲鳴。
 その声は、人間の、日本人の声だ。
 なたねはそのことに気づかない。
 気づいているはずなのに、彼女の脳はそれを拒否していた。
 なおも笑い、叫び、針を突き刺し続ける。
 宇宙人に。
 宇宙人の姿をした誰かに。
「これがただの畳針だと思うなよ! これはテスラ式処置によって電流を流した特製の次元毒針だ! 物理的ダメージを越えて存在そのものにダメージを与えるからお前みたいな宇宙人にも効果てきめんだ!! 思い知ったか!! 思い知ったかあああああああ!!!」
 その言葉を最後に、電波は途絶えた。


「い、今、今のは……?」
 気づいたら、僕は地面にうずくまっていた。
 身体はがくがくと震えていて、指一本動かすのも辛かった。
 全身の力を振り絞って、僕は彼女を仰ぎ見た。
 なたねは、微笑んでいなかった。
 狂ったように笑っても居なかった。
 授業を受ける生徒のような、真面目な顔をして、彼女は言った。
「妙な電波を受け取りましたね? それは最終電波の前触れです。アルミホイルにテスラ式処置を加えれば防げますよ」
 真面目すぎて滑稽だった。
 彼女が本気でそう言っていたからだ。
 滑稽で、滑稽すぎて、それでも笑い飛ばせなかった。
 宇宙人に犯されるなたねのイメージが、頭から離れなかったからだ。
 滑稽で、狂っていて、それでいて淫らな光景が頭から離れなかった。
 心のどこかで、もう一度見たいとすら考えてしまった。
「――ッ!!」
 そんな自分が嫌で、僕は駆け出した。
 彼女の制止する声も聞かずに駆け、一番近い便所に転がり込んだ。
 幸運にも誰もいなかった。
 僕は一番奥の個室に飛び込み、異の中のモノを残らず吐いた。
 何も無くなっても気分は収まらず、胃液まで全て吐いて、ようやく少しは気分がまともになった。
 最悪なことには変わりなかったが。
 僕は口をティッシュで拭い、それも便器に流す。
 そのときになってようやく、未だになたねから受け取った紙を手にしていることに気づいた。
 ……僕は少しだけ悩んだ。その紙をどうするか。
 結局、選んだのは常識的な答えだった。
 その紙を僕は、便器の上で散り散りに千切って全て流した。
 嫌な気分と一緒に、悪い予感と一緒に、全てを流し捨てた。
 最終電波、という単語だけは、忘れることは出来なかったけれど。


 ……この数日後、少年はジサツする。
 紙を流したそのトイレで、シャープペンシルを耳から脳に突っ込んで。カチ、カチと芯を伸ばして、自らの脳を貫いたのだ。
 雲井なたねの目の前で、彼はジサツした。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとがき。
ジサツのための101の方法より雲居なたねのお話でした。


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 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。

となえは好きですね。
どこぞの緑色の髪のストーカーに負けない電波度。
とりあえずあのシーンは最高でした。

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