屋上の少女




 僕は夕暮の学校を彷徨う。
 彷徨うんです。彷徨います。
 なにごとにも順番があるのだ。
 それは五芒星をめぐる儀式の手段だ。
 儀式は順番を守ってしなければ効果は無いのだ。
 召還と退去を繰り返して少女を犠牲にして少女と僕を救うのだ。
 救うんです。
 弓道場の次は屋上。そう決まっている。
 星の先を渡り歩くのだ。
 不安は……無い。
 不安は……無い、のだろうか。
 僕は本当に不安を感じていないのだろうか。
 学校をいつまで彷徨えばいいのだろうか。
 彷徨い続けて本当に救いを貰えるのだろうか。
 判らない。
 僕は満たされているのだろうか。
 胸の中が空っぽなのは満たされている証拠なのだろうか。
 満たされすぎて、昨日のことすら思い出せない。
 何も判らない。
 やらなければならないことは判っている。
 だから……不安は、無い。
 やるべきことを、やるのだ。
 やるんです。
 屋上から落ちてくる人影を見ながら僕は歩く。
 閉鎖された屋上めがけて僕は弓道場からプールの扉を開けて中に入って屋上へ向かう。
 プールの先の階段を下って教室に入ったら屋上があった。
 少女を救わなければ。
 教育実習生だから。
 教育実習生が何かわからないけど、僕が救われるために救うのだ。
 とにかく、救わなければ。
 人形を壊したときのようなことを繰り返してはならない。
 誰かを救うことができれば、救われることもまたできるはずなのだ。
 完全な循環。世の中はそういう風に出来ている。きっとそうだ。
 救うことで、救われるのだ。
 僕はそれを求めているのだ。
 僕は屋上の扉の前に立つ。
 扉の向こうからは何の音もしない。
 ……屋上に、少女はいるのだろうか。
 いるだろう。夕暮なのだから。
 彼女はきっと屋上の一番上で夕焼けに染まる町を見ているに違いない。
 教室で大樹を眺めるのと同じだ。
 僕は屋上の扉を開けて外へと出た。
 屋上には少女がいた。
 僕は少女に声をかける。彼女は生徒だ。ここは学校なのだから生徒に違いない。学校じゃなければ生徒じゃないけど。翼の欠けた鳥のような少女。
 飛び立つことも出来ずに、空を見ながら落下する少女。
「……やあ」
「先生……」
 高田望美は貯水タンクに座ったまま頭を下げて挨拶した。
 短く切りそろえた髪と華奢な首がかくりと揺れる。
 僕は自分のすべてを押し殺して彼女と接する。
 彼女は繊細で怪物としての僕はすべてを壊してしまうからだ。彼女の父親と同じなのだ。壊してしまうんです。
 恐れは無い。
 彼女もまた救いを求めているのだから。
 満たされては……いないだろうけど。
「夕陽、赤いですね」
「ああ……真っ赤だ」
「先生は、飛びたいって思ったこと、ありますか?」
 僕は彼女の細い首を掴んで投げ飛ばし、もう一度首を掴みなおしてフェンスの向こう側に立った。
 どこかで樹の揺れる音がした。
 天使さまが首を括ったのかもしれない。
 僕は憂鬱顔で夕焼け空を見続ける望美の首をつかんだまま彼女の頬を叩いた。
 左の頬が真っ赤に染まったのを見てから右の頬も同じように赤く染める。
 望美はそれでも夕焼け空を見ている。空に帰りたがるように。
 天使じゃない彼女は空には帰れないけれど。
 彼女は空にあこがれて落ちるだけなのだ。
 救われることなど出来ないのだ。
 終わることでしか救われないのだ。
 そして其れは、僕も同じだ。
「私は……飛びたい。私ね、きっと飛べると思うんだ……」
 口の端から血を流しながら望美が言う。
「僕には……僕には、無理だ。天使の足を掴むことしか出来ない」
「いくじなし」
「……そうかもしれない」
「私は……きっと飛べる。空に還れる」
 どこかで猫が鳴いていた。
 車にでも轢かれたのかもしれない。
「じゃあ先生、私は飛びます」
「そうか……」
「先生は、どうします?」
「僕は……もう行くよ。君が飛ぶのを見てからだけど」
「わかりました。空に還るから、明日は会えませんね」
 明日。
 明日。
 昨日も望美は同じことを言っていた。
 明日も望美は同じことを言っていた。
 それはすなわち、昨日も明日も今日でしかないのだろう。
 僕は延々と今日を繰り返しているだけなのだろう。
 判る気がする。
 気がつきたくないだけだ。
 僕はとっくに知っているのかもしれない。
 それが恐い。
 恐いから考えたくない。
 けれど、考えなければならない。
 儀式は、もうすぐ終わるのだから。
 救わなければ。
 救われなければ。
 それは、僕にしか出来ないのだ。
 この世界には僕しか救える人間がいないのだ。
「……そうだね、明日は、来ないかもしれない」
「……変なの。明日は、明日なのに」
「そうだね。君は、そうかもしれない」
 僕の言葉に望美は悲しげな笑顔を浮かべて飛び降りた。
 僕は一階の校舎裏に降りて望美が落ちてくるのを待った。
 遠い屋上から、望美がゆっくりと落ちてくる。
 きっと飛んでいるのだ。
 地面に向かって。
 そうすることで彼女は救われるのだ。
 地面に激突した望美は衝撃で脳漿をべちゃべちゃべちゃべちゃべちゃべちゃべちゃべちゃべちゃべちゃとばら撒きながら全身の骨を折って死んでしまった。
 死んでしまった望美は片目で僕のほうを見て笑う。
 顔の半分が欠けてしまって、そこに夕陽があたってきれいだった。
 悲しくなんて無い。
 明日も昨日も今日も繰り返すのだから。
「先生、飛べたよ」
「……それじゃあ、行くよ」
 大森となえのところに行かなくては。
 高島瀬美奈のところに行かなくては。
 他の少女たちも救わなくては。
 儀式には順番があるのだ。
 五芒星を巡らなくてはならないのだ。
 五人を生贄にして一人を救うのだ。
「それじゃあ、先生――」
「ああ――」


「――さよなら」


 どこかで、カラスが鳴いたような気がした。
 





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


あとがき。
さよならを教えて第4段、屋上の少女。
もう人見ちゃん気づきかけ。
この小説、ほとんど思うがままに書いてます。
話もあって無きの如し。
……いやあ、本当の原作者は凄いなあ。
残すところはあと独り。
されど、残す話はあと二話。
救うことはできるのか。救われることはできるのか。
いったい誰を救うのか。
……ああ、カラス飼いたいなあ。

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