図書室の少女




 僕は夕暮の学校を彷徨う。
 彷徨うんです。彷徨います。
 なにごとにも順番があるのだ。
 それは五芒星をめぐる儀式の手段だ。
 儀式は順番を守ってしなければ効果は無いのだ。
 召還と退去を繰り返して少女を犠牲にして少女と僕を救うのだ。
 救うんです。
 五人の少女で五芒を描き、独りだけを救うんです。
 屋上の次は図書館。そう決まってる。
 星の先を渡り歩く。
 救うために僕は歩く。
 不安が無いのか、わからない。
 不安が無いのか、わからない。
 けれど僕にはやらなきゃならないことがある。
 それさえ終われば、不安は無くなるだろうから。
 不安を感じるのももうすぐ終わる。
 学校を彷徨うのももうすぐ終わる。
 自分という存在ももうすぐ終わる。
 ようやく終われるんです。
 終わります。 
 それだけは判る。
 満たされてる。確実に。
 終わりと救済が約束されている。
 不安になる必要はない。
 満足だ。
 昨日のことが思い出せないのももう大丈夫。
 昨日なんて無いんだから。
 ずっと今日が続いてるだけだから。
 やらなければならないことをするだけだから。
 するんです。
 図書館に転がる死体を眺めながら僕は歩く。
 静謐な図書館めがけて僕は屋上に登って飛び降りて校舎を横切って図書館へ向かう。
 七つの階段と七つの廊下と七つの教室の先に、図書館があった。
 少女を救わなければ。
 教育実習生でなくてもいい。
 救えるのは僕だけなのだから。
 僕が何者であれ救うことが出来るのだから。そして救われるのだ。
 鳥の羽をもぐようなことを繰り返してはならない。
 誰かを救うことで、僕は救われるのだ。
 少女を救って救われるのだ。
 完全な循環。世の中はそういう風に出来ている。人生は判らない。
 けれど幸せだ。
 救うことで救われるから。
 僕はそれを求めているのだ。
 僕はそれを行うのだ。
 僕は図書室の扉の前に立つ。
 扉の向こうからは、何の音もしない。
 ……図書室に、少女はいるんだろうか。
 いるだろう。夕暮なのだから。
 彼女はきっと図書室の一番奥で本の山に囲まれてながら針鼠のように脆い心を守っているに違いない。
 中庭で猫と遊ぶのと同じだ。
 僕は図書室の扉を開けて中へと入った。
 図書室には少女がいた。
 僕は少女に声をかける。彼女は生徒だ。図書室で眠りにつくのだから生徒に違いない。そうでなければ標本だ。誰からも見捨てられて朽ちかけたモノだ。
 傷つくのが恐くて、他人と触れ合おうとしない少女。
「……やあ」
「……」
 目黒御幸は椅子に座ったまま目を伏せて無言で挨拶した。
 眼鏡の奥の暗い瞳と目が合った。
 僕は自分のすべてを押し殺して彼女と接する。
 彼女は男が恐くてけれど僕のような男は同類だから恐くない。鏡あわせなのだ。壊してしまいたい。
 恐れは内。
 彼女は僕と同じだからだ。
 彼女もまた救いを求めているのだから。
 満たされてはいない。
 けれど、満たされるだろう。
「先生は……いつまで繰り返す気ですか」
「……君で終わりだよ……」
「……私を壊すことで、全ての儀式が終わるわけですね」
 僕は彼女の腹を裂き中身を一つずつ取り出していく。
 どこかで猫の鳴き声がした。
 猫が車にでも轢かれたのかもしれない。
 僕は苦痛に歪む御幸の顔を見ながら臓器を取り出して瓶に詰めていく。腸は長すぎて手でちぎらないと入らない。
 ミイラを創るように。少女を永遠に保存するように御幸を瓶につめる。
 御幸は何も言わない。救われることがわかっているからだ。
 壊されることで救われるからだ。
 形を与えてもらったものが、形を奪われて元に戻るのだ。
 僕の欠落が埋まるのだ。
 それは死ではない。
 バラバラになった御幸はいつでも蘇るのだから。
「先生は……救われても、私のことを思い出してくれますか?」
 腹の中身が空っぽになった御幸が言う。
「……どうだろう? 紙の匂いを嗅ぐたびに、思い出すとは思うけど」
「無理ですね。儀式はそれまでの自分を完全に捨てるためのものですから。救われた先生は救われなかった先生のことなんて忘れてしまいますよ」
 どこかで射の音がした。
 人形が串刺しになったのかもしれない。
「私は……それでも、いつか思い出して欲しいです。そうすれば、私は蘇れるから」
「なら……これは、貰っていくよ」
「ええ。先生が持って行ってくれるなら、私は先生の下で蘇れます」
「そうか。……なら、僕は行くよ」
「先生が救われてしまったら私は要らなくなりますから、お別れですね」
 お別れ。
 お別れ。
 本当に分かれられるのだろうか。
 御幸は昨日も同じことを言ったのではないだろうか。
 御幸は明日も同じことを言うのではないだろうか。
 救われること無く今日を繰り返しているのだろうか。
 退去と召還を延々と繰り返して救われることなど無いんじゃないだろうか。
 判らない。
 判る気もする。
 考えたくは無い。
 判りたくも無い。
 気にしたくも無い。
 とっくに知っていても知らないフリをするだけだ。
 知らないフリをしていれば知らないのと同じなのだから。
 ただ妄信的に救うことだけを考えてればいい。
 儀式はこれで終わるのだから。
 否が応でも僕は救われるのだ。
 救うのだ。
 僕にしか出来ない。
 僕しかいない。
 僕が始めて僕が終わらせるのだ。
「……そうだね。これで、お別れだ」
「……先生は、変わってしまうんですね」
「わからない。変われないかもしれない。変わるかもしれない。天使のあと着いていくのかも知れない」
 僕は御幸の中身を完全に写し取って、首から上だけの御幸を見た。
 御幸は微かに笑いを浮かべていた。
 アルカティック・スマイル。
 終わることを知っている笑みだ。
 きっと彼女は満足だろう。
 救われたのだから。
 救う過程の副産物とはいえ救われたのだから。
 それは他の少女たちも同じことだ。
 誰も彼もが救われるのだ。
 僕の世界は幸せで満ちるのだ。
 そうに決まっている。
 身体の中身がなくなって軽くなった御幸の歯をぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちと抜きながらそう思う。
 死んでしまった御幸の瞳が、眼鏡の奥から僕を見ていた。
 満足そうだった。最後まで壊してもらえるから。
 夕陽が当たって綺麗だった。
 悲しくなんて無い。
 明日も昨日も今日も繰り返すのだから。
 ようやく、終われるのだから。
「救われるといいですね」
「……それじゃあ、行くよ」
 大森となえのところに行かなくては。
 高島瀬美奈のところに行かなくては。
 他の少女たちも救わなくては。
 儀式には順番があるのだ。
 五芒星を巡らなくてはならないのだ。
 五人を生贄にして一人を救うのだ。
 すべてが終わるのだ。
「それじゃあ、先生――」
「ああ――」


「――さよなら」


 どこかで、標本が壊れたような気がした。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


あとがき。
さよならを教えて第5段、図書室の少女。
……これでようやく儀式は終わり。
ごぼうせいにしたがって退去の儀式は終わりました。
あとはまとめ・完結編――天使様の樹を書くだけ。
これは短いだろうし、明日にゃ終わるかな。

……あーでも、『保健室の女』と『職員室の女』も書きたいなあ。
でもこの連作に入れるにはちときついし。
他の方法を探してみようかと思います。

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