中庭の少女


 僕は夕暮の学校を彷徨う。
 彷徨うんです。彷徨います。
 なにごとにも順番がある。
 儀式は順番を守らなくては成功しないのだ。
 教室の次は中庭。そう決まっている。
 不安はない。
 不安はない。
 僕は満たされている。とても。
 空気中に満ちた塵芥、硬質化して剥がれ落ちた皮膚と垢、それに様々な電波を受けながら僕は歩く。
 夕暮の時計からの信号を僕は正確に読み取る。
 落ちていた石を投げつけながら僕は時計に返事を返す。
 少女を救わなければ。
 教育実習生なのだから。
 天使様はそれを望んでいるのだから。
 少女は僕に救いを求めるから僕は少女を救い少女に救われるのだ。
 救うからこそ、少女なのだ。
 彼女はそれを求めているのだ。
 僕の足は延々と続く階段を降りて中庭へと向かった。
 窓から入ってくる光は赤い。
 ……中庭に、少女はいるだろうか。
 いるだろう。夕暮れなのだから。
 彼女はきっと中庭で遊んでいるに違いない。
 屋上から落ちることと同じだ。
 僕は中庭へと出てカンナの花を踏み潰した。
 中庭には少女がいた。
 僕は少女に声をかける。彼女は生徒だ。僕の生徒。猫のような少女。
 幼い頃に分かれた幼馴染。
「……やあ」
「あ、お兄ちゃん! 来てくれたんだね!!」
 田町まひるはげんきよくお辞儀をした。
 夕日に赤く染まった二つ結びの髪がひょこりと跳ねる。
 僕は教育実習生として、また幼い頃遊んだ兄として少女と接する。
 彼女は僕が殺したから僕は彼女に謝りながら生徒として教えなければならないのだ。
 何も恐くは無い。
 僕は満たされている。
「今日は何をして遊ぼうか!」
「鬼ごっこ! お兄ちゃんが鬼!」
 僕はまひるの髪の毛をつかんで地面に叩き伏せた。
 どこかでカラスが鳴いていた。
 屋上から落ちたのだろうか。
 僕は倒れこんだまひるにのしかかってその足を折る。
 昔からこうやって遊んでいたのだ。
 動かなくなったまひるで遊んでいたのだ。
 車に轢かれて動かなくなったまひるは汚くて触る気もしなかったけど。
 お尻にカラシを塗りこまれて跳ね飛んでいったまひるは面白かった。
 またやりたいな。
 嫌われるのは恐いからもうやらないけど。
 恐くはない。
 現に、まひるは手と足を折られながらも哂っている。
 楽しいんです。
「えへへ、捕まっちゃった!」
 逃げてもいないまひるはそう言って哂ったので僕は彼女から手を離した。
「次はまひるが鬼だね」
「疲れちゃった、鬼ごっこはおしまい」
「おしまい、かい……?」
「そう、おしまい!」
 どこかで弓を射る音がした。
 人形が討たれたのかもしれない。
「終わるのは嫌だな……」
「それならお兄ちゃん、また明日も遊ぼうよ!」
「また明日、か……」
 明日。
 明日。
 明日っていつだろう。
 今日っていつだろう。
 教育実習はいつからいつまでなんだろう。
 僕はいつまで校舎を彷徨えばいいんだろう。
 判らない。
 判らないから恐い。
 恐いから僕は考えない。
 考えなければわかる必要もない。
 今は校舎を彷徨って少女を救うのが先だ。
 そう、救うのだ。
 救えるのは僕しかいないのだ。
「そうだね、また明日だ」
「また遊んでね、お兄ちゃん!」
「わかったよ」
 まひるは満面の笑顔を浮かべて言った。
 僕もまひるに笑いかけた。
 僕はまひるを救えるのだろうか。
 違う、僕にしか救えないのだ。
 救うんです。
 僕はまひるのおなかを何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も蹴りながらそう思う。
 おなかからはピンク色の腸が出ていて綺麗だった。
 少し悲しい。
 悲しいんです。
「……ぼくはそろそろ行くよ」
 大森となえのところに行かなくては。
 高島瀬美奈のところに行かなくては。
 他の少女たちも救わなくては。
 儀式には順番があるのだ。
「そっか、じゃあお兄ちゃん――」
「ああ――」


 ――さよなら。


 どこかで、猫が鳴いたような気がした。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


あとがき。
さよならを教えて第二段、中庭の少女。
勘のいい方はきずくと思うけれど、この小説のタイトルと内容は儀式を則って創られてます。
物事には順番があるのだ。
あるんです。
……猫飼いたいなあ。

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