弓道場の少女



 僕は夕暮の学校を彷徨う。
 彷徨うんです。彷徨います。
 なにごとにも順番がある。
 それは五芒星をめぐる儀式の手段だ。
 儀式は順番を守ってしなければ効果は無いのだ。
 中庭の次は弓道場。そう決まっている。
 星の先を渡り歩くのだ。
 不安は無い。
 不安は無い。
 不安は……無い。
 本当に不安がないのかどうか、僕にはわからない。
 けれど僕は満たされている。とても。
 本当に満たされているのかどうか、僕にはわからない。
 けれど不安は無い。
 飛んでくる練習用の矢に身体を打ち抜かれながら僕は歩く。
 無人の弓道場めがけ僕は中庭から階段を登って窓から落ちて向かう。
 落ちた先に弓道場はあった。
 少女を救わなければ。
 教育実習生だから。
 教育実習生って、なんだろう。
 とにかく、救わなければ。
 猫を殺したときのようなことを繰り返してはならない。
 少女は僕に救いを求めることで救われまた僕も少女に救いを求められることによって救われるのだ。
 それは完全な循環だ。
 救う事で、救われるのだ。
 彼女はそれを求めているのだ。
 僕は飛び降りた先の弓道場の中へと入る。
 弓道場からはなんの音もしない。
 ……弓道場に、少女はいるだろうか。
 いるだろう。夕暮れなのだから。
 彼女はきっと弓道場で弓を射ているに違いない。
 図書室で本を読むことと同じだ。
 僕は弓道場の扉を開けて中へと入った。
 弓道場には少女がいた。
 僕は少女に声をかける。彼女は生徒だ。多分。制服を着ているからそうなのだろう。人形のように空っぽな少女。
 中身が空っぽで、僕の言葉を跳ね返す少女。
「……やあ」
「先生、また来ちゃったんですねぇ……」
 上野こよりは気だるそうに首を傾げて挨拶した。
 夕日に染まったふわふわとした髪が揺れる。
 僕は教育実習生として自分を押し隠して彼女と接する。
 あまり意味はないけれど。彼女は僕の知っていることを平気で口にしてずかずかと心の中を暴いていくからだ。隠し事は意味は無い。
 恐れは無い……のだろうか。
 満たされて……いるのだろうか。
「先生、いい加減、来るの止めなきゃだめですよぅ……?」
「……来ちゃ、まずかったのか?」
「あたしはいいですけどぉ……先生が救えるのはひとりだけですからぁ……」
 僕は弓矢を掴んで彼女の左目に突き刺した。
 どこかで金属が割れる音がした。
 標本の瓶が壊れたのだろうか。
 僕は微笑みを絶やさないこよりにのしかかって腹に矢を突き立てる。
 次から次に矢を拾い、すべてこよりに突き刺していく。
 こよりは哂うのを止めない。痛いそぶりすら見せない。
 僕の行為を楽しそうに見つめている。
 きっと僕が楽しいと思っているからだ。
 僕はこよりの目を覗き込む。
 焦点の合わないうつろな眼をしていた。
 焦点の合わないうつろな目の中に焦点の無い僕の瞳が写っていた。
 真っ黒な僕の瞳が僕を見つめている。
 見るなよ。
「先生ぇ……これじゃぁ、何にも変わりませんよぉ……?」
 ハリネズミのようになったこよりが言う。
「何も変わらないんだろうか……」
「先生ぇは、中途半端なんですよぉ……。あたしだって、こんなこと言いたくないんですけど……」
「何だい?」
「先生ぇに救えるのは、先生だけなんですよぉ……?」
 どこかで森の木が揺れていた。
 天使さまが飛び立ったのかもしれない。
「僕は……僕しか救えないんだろうか……」
「わかってることを、聞くのは駄目ですよぉ……? でも、あたしはそのためにいますから……」
「……僕はもう行くよ」
「明日は壊してくださいねぇ」
 明日。
 明日。
 明日はほんとうに来るんだろうか。
 昨日はほんとうにあるんだろうか。
 教育実習はほんとうにあるんだろうか。
 僕はほんとうに校舎を彷徨っているのだろうか。
 判らない。
 判らないから恐い。
 考えなくても少女が僕に問いかけてくる。
 恐いから僕は彷徨うのだ。
 少女を救うことだけが僕にやれることなのだ。
 僕には僕しか救えなくても少女を救うことはできるはずなのだ。
 できるんです。
 僕にしかできないんです。
「……そうだね、次は、壊して救うよ」
「多分、無理だと思いますけどぉ……待ってますねぇ」
「わかったよ」
 こよりは寂しげな微笑を浮かべていった。
 僕はこよりに笑いかけた。
 僕はこよりを救えるのだろうか。
 僕にしか救えない以上救うしかない。
 僕にしか壊せない以上壊すしかない。
 壊すんです。
 明日に。
 僕はこよりの右目をぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅと掻き回しながら思う。
 身体から流れでた臓物と血が夕日に染まってきれいだった。
 悲しくなんて無い。
 僕は救っているのだから。
「それじゃあ、行くよ」
 大森となえのところに行かなくては。
 高島瀬美奈のところに行かなくては。
 他の少女たちも救わなくては。
 儀式には順番があるのだ。
 五芒星を巡らなくてはならないのだ。
「それじゃあ、先生ぇ――」
「ああ――


「――さよなら」


 どこかで、人形が壊れ崩れたような気がした。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


あとがき。
さよならを教えて第三段、弓道場の少女。
人見(主人公)の儀式の順番は五角形の星型です。
魔術に則って彼は儀式を行ってます。
救うために。
括るために。
彼、最後は幸せだったんだろうなあ……
弓道の知り合いが多いのでけっこう楽しいです。

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