屈辱に喘ぎ続けてきたマイノリティの皆様方へ。
                 ――水仙花





                 Like or Die





 その娘をはじめて見たとき、市蔵が思ったことは『何かの間違いではないだろうか』ということだった。
 ローザはこの大正においては珍しくなくなったとはいえ、それでも充分に異端視される金髪碧眼の娘で――場違いなほどに可憐だったからだ。
 美しくなるために作られた人形のように。
 存在するために作られた、精巧な人形のように。
 だから市蔵は、黒いドレスに身を包んだローザを見て『アァ、どこのお嬢さまだ?』と内心で思った。
 微笑みを絶やさないローザは、こんな吹き溜まり――マスカレヱドに相相応しいものには思えなかったからだ。
 その考えが間違いであったことは、すぐに気が付くことになったけれど。


        −


 最初の犠牲者は、幸運なことに――誰にとってかは知らぬけれど――市蔵ではなかった。
 名前も知らぬ紳士だった。
 蔦の絡まる模様の仮面を被った彼は、市蔵が知らないだけでどこぞの金持ちか、偉い人間なのだろう。
 マスカレヱドは、そういう場所なのだから。
 すなわち、彼はある程度社会的地位が高い人間だったのだ。
 思い通りにならない物など、彼の人生ではほとんど無かったのだろう。
 マスカレヱドは、そういうヒトの行き着く場所なのだから。
 彼はその生き方に従って、その日初めて見た美しい少女に声をかけた。
 ローザは無視した。
 紳士はさらに語りかけた。
 ローザは初めから聞いてもいなかった。
 興味のベクトルがオンとオフしかなかったのだ。
 紳士は自らが相手にされないことに苛立ち、半ば発作的にローザに手を伸ばした。
 その手がローザに触れるか触れないかと言うところで――

 ――紳士が、醜態を晒した。

 突然顔を押さえ、威厳も何も無い悲鳴を上げたのだ。
 何が起こったのか、誰も把握していなかった。 
 当の紳士ですら、すぐには解らなかっただろう。
 解っていたのは、翠子と、観察していた市蔵――
 それに、加害者であるローザくらいだ。
 そう。
 市蔵は見ていた。
 服に手がかかるまさにその瞬間、ローザが紳士の手を掻い潜った所を。
 そしてそのまま、綺麗に切りそろえた爪で、紳士の頬を切り裂いた所を。
 右手に血を滴らせたまま立つローザと、這ったままローザから離れようとする紳士を、誰もが黙って注視していた。
 混雑した賑やかさがあったマスカレヱドを、一転して沈黙が支配した。
 誰もかもが、何も言えずにローザを見ていた。
 沈黙を破ったのは、ローザ自身だった。
 狼狽する紳士に一歩だけ近づき、言った。


「ごめんあそばせ。私、おじさまの人形ではございませんことよ?」


 そう言って、ローザは血よりも赤い舌で、血に濡れる右手をぺろりと舐めた。
 ゾク、と市蔵の背筋が凍えた。
 ――幼き少女の、妖艶な仕草に。
 ローザは言って、返事もまたずに踵を返して去っていた。
 マスカレヱドには再び喧騒が戻り――誰もが今起きた事件についての噂話を始めた。
 市蔵は、黙って見ていた。
 去って行くローザの後ろ姿を、市蔵は静かに見続けてた。
 いつかまた関わることになるだろう、という予感を胸にして。











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 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。


たった一つのセリフを思いついて、書き下ろした作品デス。
それを思いついたから書いたというか。











完。

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