サァテ皆様お立会い。
 今宵この度お集まり頂いたのは、いずれも劣らぬ畜生ばかり。
 誰も彼もが転石の如く堕ちて行く人でなし。
 我らが市蔵もその中の独りでございます。
 欲望の中に生きるは人でなしの定め。倒錯の中に生きるは堕落への下り坂。
 倒錯の刺激はモルヒネ。
 市蔵はヒトデナシ。
 堕ちて行く先は――マスカレヱド。





                 開幕 /1






「成る程……秘密厳守とはよく云ったものだな」
 市蔵はくるりと視線を彷徨わせます。
 視線の先にいる方々は、いずれもマスカレヱドのお客たち。
 誰もが派手な仮面を被っています。
 孔雀に蝶、蛇に林檎、白鳥に蔦蔓。
 草花や動物を模した派手な仮面で、皆が素性を隠しております。
 マスカレヱドの名のままに。
(本音はどうあれ……建前上は、誰が誰だかわからない、というわけか)
 そう考える市蔵の顔には、装飾のない仮面がありました。
 一番シンプルなものがいい――市蔵はそう思ってその仮面を選びました。
 けれども、それがとある物語の怪人の仮面だとは知り得ない。
 只々、マスカレヱドの世界に呑まれていくだけです。
「見事なものだな、此是は」
 市蔵は誰にともなく呟きます。
 招待されたこの場所は街の裏、街の影、街の闇。
 日陰者しか知り得ない場所に、マスカレヱドはありました。
 それでも中は豪華絢爛、腐敗と退廃の匂いが漂っています。
 頭上にはシャンデリア。
 赤いカァペットと赤い机と赤い掛け布。
 赤いワインを飲み干す客の顔もまた赤く。
 誰もが期待に満ちた目で、赤い緞帳を眺めております。
 何かが始まるのを、ただ待っています。
(あの奥には……何があるんだ?)
 市蔵も彼らと同じように赤い緞帳を眺めます。
 部屋の正面、一番奥には、赤い緞帳で区切られた場所がありました。
 演劇の舞台のようなそこは、未だ幕で閉ざされています。
(いつになったら、幕が上がる?)
 市蔵はそう思いながら目だけを動かして周りを探りました。
 顔をきょろきょろさせるのは不審だ、と知っていたからです。
 周りの仮面たちは思い思いに時間を潰しております。
 酒を飲む者、煙管に耽る者、連れた女と絡む者。
 いずれも、時間を気にすることなく、しかし誰もが開幕を待っています。
(暇だ……小梅を連れてくればよかったな。……ん?)
 彷徨っていた市蔵の視点が、ぴたりと止まりました。
 視線の先には妖艶な美女が一人。
 豪奢な紅色の衣を身に纏い、やはり豪奢な男たちと酒を飲み明かしています。
 尤も女には男に媚びる様子はなく、自分を誇るかのような態度でした。
 あでやかに咲き誇る、退廃の赫き薔薇――芳野 翠子です。
 市蔵が芳野を気に掛けたのは、美しさに惹かれたからではありません。
 美を隠すものなど要らぬとでも言いたげに――
 マスカレヱドに真っ向から立ち向かうように――
 芳野が、仮面を被っていなかったからです。
 虚構と秘匿に満ちたマスカレヱドで、あでやかな色を放っているのは、そのせいでした。
(凄い女だ……一体何者だ?)
 市蔵がそう思った瞬間でした。
 芳野がいきなり市蔵の方を向き――仮面越しに、眼が合ったのです。
「…………!」
 市蔵は驚き、身を硬くしました。
 それを見て、芳野は妖艶な笑みを浮べました。
 周りの男たちは市蔵に気づきません。
 市蔵だけが、その笑みの意味に気づきました。
「サァテ大変長らくお待たせ致しました!」
 突然響いたその声に市蔵は救われました。
 サット芳野から視線を外し、声のした方を見ます。
 赤い緞帳の前、市蔵たちがいる所より一段高いところに、仮面を被った男がいました。
 どうにも何かが始まるようです。
 室内にいた人は、残らず正面を向きました。
 注目が集まったのを確認して司会の男が言います。
 ご来訪の皆様方有難うございました、という挨拶から始まって。
 マスカレヱドはどんなところか、という説明を至って。
 くれぐれもご内密に、という注意までを。
 誰もが、その言葉を静かにに聞いています。
 胸の奥に昂ぶる炎を抑えながら。
 それは市蔵も同じことでした。
 司会が言っているのは、説明にも書いてあったことばかり。
 それでも――こうして眼の前で言われれば、否が応でも昂ぶります。
 猛ります。
 司会の男は、最後にこう叫びました。
「それでは皆様、倒錯の宴をお楽しみあれ!」
 脇に去っていく司会の男を見続ける人は、一人もいませんでした。
 誰もが舞台を見ていました。
 するすると幕が上がるのを見ていました。


 するすると――


 するすると――



 するすると、倒錯の世界への幕が上がりました。

 
 






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 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。
















完。

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