所詮世間は舞台に過ぎぬ。
 そうだ、お前もなにかの役を演じずにはおれぬ。
 精々歌うがいい、躍るがいい――この物語に端役はおらぬ。



 ――僕は天使じゃないよ――




「――サァテ、お立会い!」


 街角で呼子の少女が声を張り上げている。下町育ちなのか、その声には勢いがあった。
 尤も、品性というものに欠けてはいたが。
 ……そんなこと、俺に言えた事じゃないが。
 上流育ちでも品性に欠けた人間は、山のようにいる。
 否、寧ろこの大正の世に置いては、上流育ちであればあるほど淀み歪んでいる。
 麻薬の如き刺激を求めて、淫蕩なことに深けるのも珍しくない。
 そう考えれば、あの少女の方が自分よりもずっと真っ当なのかもしれない。
 それは愉快だ。俺は自嘲気味に笑う。
「市蔵様、どうかなさったのですか?」
 哂いを聞きつけた女中が俺の方を向く。
 耳聡いことだ。だが、一々説明する気にはなれなかった。
 俺は女中を放って歩を進める。


「親の因果が子に報い 生れ落ちたが見の定め」


 呼子の声が後ろからでも響いてくる。
 滔々と音階をつけた、耳に良い言葉だ。
 その意味まで考える気にはならないが。
 軍靴の音も文化の音も、聞くだけでいい。
 音の意味を考えるなど、それこそ意味のないことだ。
「小竹、行くぞ」
「はいはい、ただ今〜!」
 小竹がついてくるのも確認せずに、俺は大股で歩き去る。
 時間はいくらでもある。
 が、人生に限りがあることを、俺は知っていた。
 大正とて、いつかは終わるのだ。
 それまでは、この身を耽美と倒錯の中へと埋めるだけだ。
 俺は呼子の意味のない言葉を聞きながら、そんなことを考えていた……



 ……市蔵が立ち去った後も、呼子の言葉は続く。


「哀れ市蔵 人でなし」


――舞台は大正末期より、明治初期の東京。


「恥辱 目隠し 拘束衣」


――混濁し汚濁した社会の中、不安から逃れるために、知識人たちは麻薬の如き狂態へと励む。


「緊縛 鞭打ち 黄金水」


――甘美な『死』の誘惑と、苦渋に満ちた…しかし決して捨てえぬ『生』への執着。表裏一体の自己愛と自暴自棄。


「わかっちゃいるけど やめられぬ」


――役は六つ。役者は六人。


「叱ってください マリア様」


――この物語に端役はおらぬ。誰も彼もが堕ちて行く。


「堕ちて行きます どこまでも……」


――堕ちて行きます ずるずると。




 

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