1 何時か何処かへ
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 絶滅した その鳥の
 最後の一羽は どんな風に死んだんだろう
 年老いて
 病気で
 他の動物に襲われて

 それとも人間に撃たれて
  

        ――シェル・ブルー






 満月が綺麗だわ、と蓮子が言った。
 私はその言葉に初めて空を見上げた。今が夜であることを、そして浮かぶ月が満月であることを、その瞬間ようやく知った。
 白い穴が開いている、と思った。
 ぽっかりと、暗い空に穴が開いている――真円が過ぎる満月を見て、私はそんなことを連想してしまった。


「何考えてるのメリー?」
「蓮子。狼男は満月を見て変身するわよね」
「そうだけど。それが?」
「狼女は新月を見て変身するのかしら」
「……新月をどうやって見るのよ?」
「それはこう、直感とかで、よ」
「私はどっちかって言うと、半月を見て半人半狼人に不完全変形するところが見たいわね――」


 他愛のないことを言いながら、蓮子は帽子を押さえてくるりと回った。かつんと、踵が石畳を打って音を鳴らす。
 その後を私はついていく。蓮子の足音に、私の足音が追従する。
 カツン/カツ。
 カツ/カツン。
 ジルバでも踊っているみたい。音が、音を追いかけていく。


「吸血鬼は満月を見て変身するのかしら」
「さぁどうでしょうね。狼に? 蝙蝠に?」
「案外、満月に変身するのかもしれないわよ」
「メリー、メリー! それは中々愉快な考えね」


 他愛ないお喋り。それとも、他愛しかないお喋り?
 意味のない会話。あるいは、意志しか存在しない話。
 話しながら、語りながら、喋りながら、詠いながら。
 夜の街を、私と蓮子は歩きつづける。
 目的地はない。どこにもない。どこでもない。
 それこそが――秘封倶楽部の活動だ。
 私達はいつだって、ありえない何かを探している。
 此処じゃない何処か向かって、今じゃない何時かに向かって、私と蓮子は惑い進む。
 迷い進む。
 迷子のように。
 迷い込んだ路地の先に見知らぬ世界があると信じる子供のように。


「筒井だったかしら、谷崎だったかしら?」
「何がよ」
「迷子になったのが、よ」
「…………。それは当人か親でもないとわからないと思うわよ」


 どちらかといえば谷崎の方が迷子っぽいわよね――
 そう言葉を結んで、蓮子は私に背を向けた。そのままわずかに歩く速度を落として、私の真横に並ぶ。
 並んだかと思えば、そのまま速度を落とし続けて、私の後ろへと下がってしまう。
 仕方なく私は振り返り、後ろ向きに歩く。前が見えないというのはちょっとだけ怖いものがあった。


「蓮子。転げそうになったら教えてね」
「ええメリー。安心して転げていいわよ――指差して笑うから」
「…………」
「冗談よ。いくら私でもそんなことはしないわよ」
「ふぅん」
「お腹抱えて笑うだけ」


 にやり、と、そうとしか言いようがない笑みを蓮子は浮かべた。
 あ、本気で笑う気だ。目は口ほどに物を言い、笑顔は目よりも雄弁に物語る。もし私がこけたら、間違いなく蓮子は笑うのだろう。
 そして、ひとしきり笑ってから、手を差し伸べてくれるに違いないのだ。
 私の知っている宇佐美 蓮子とは、そういう人だから。


「今、何時?」
「明日まで二十三時間五十六分四秒」
「今、何処?」
「マエリベリー・ハーンさんの正面一メートル程」


 矢継ぎばやな私の問いに、蓮子は空を――浮かぶ月を見ながら答えた。
 適当のような、適当でないような、曖昧のような、曖昧なままの答え。
 宇佐見 蓮子は月と星を見て、時間と場所を知る。
 私が、境界の向こう側の物を、見てしまうように。
 意識せずとも――境界の向こう側を、見てしまう。


「満月の日は、時間と場所がわかりやすい?」
「新月の日よりは、わかりやすいわね」


 夜の街には誰もいない。私と蓮子の足音だけが遠く遠くへ響いている。
 夜の街には何もない。私と蓮子の影だけが追いかけっこを続けている。
 あっちへいったりこっちへきたり。
 こっちへいったりあっちへきたり。
 此方から彼方へ。
 彼方から此方へ。
 

「場所がわかるのは便利だと思うわ。時間がわかるのよりは」
「そうでもないわよ。時計を忘れた夜には助かるわ」
「蓮子は時計どころか時間も忘れるじゃない。いつも遅刻ばっかりで」
「でも、ちゃんと目的地には到着してるわよ。能力のおかげで」
「……今度目覚し機能つき腕時計をプレゼントするわ!」


 私はちょっとだけ怒ったふりをして。
 蓮子はちょっとだけ反省したふりをして。
 笑いあって、歩き続ける。
 夜の街を、どこまでも。


「でもメリー、私は貴方のほうが羨ましく思えるのよ?」
「え?」
「だって――見えないものが見えるじゃない」


 笑ったまま、蓮子は言う。
 楽しげに。
 おかしげに。
 笑いながら、蓮子が言う。


「他人に見えないものが見えるって、素敵なことよね」
「それは貴方も同じじゃない? 宇佐美 蓮子サン?」
「そうねマエリベリー・メリーさん」
「誰よそれ!?」
「冗談よ、冗談」


 まったく冗談には聞こえなかったけれど……
 ちょっと考えてしまう。マエリベリー・メリーと、メリー・ハーンならどっちがいいかと。
 意味としては後者が正しいのだろう。
 けれど、音の響きは前者の方が楽しかった。『メリー、メリー』と二度呼びかけられているみたいで、正直嫌な気はしない。
 驚きは、したけれど。


「ともかく、羨ましいのは本当よ」
「だから蓮子、それは貴方も――」
「違うわよ」
「え?」
「私のは、違うわ――いえ、貴方以外は、みんな違うのよ」


 断定する。
 蓮子は断定する。
 宇佐美 蓮子は、意外なほどの強さで、私の言葉を否定した。
 否定して、断定する。
 それは違う、と。
 私の能力と貴方の能力は違うのよと、蓮子は、言う。




「月と星は誰にでも見えるけれど――貴方の見ているものは、貴方にしか見えない」




「…………それは、そうだけど」


 答える言葉は、力がなかったように思う。
 蓮子の言うことは、間違ってはいなかったから。
 蓮子は月を見て場所を知る。
 蓮子は星を見て時間を知る。
 それは、蓮子にしかできないことだ。
 けれど。
 月を見ることも、星を見ることも、それだけなら私にだって出来てしまう。私以外の、誰にだって出来るだろう。
 けれど。
 けれど。
 境界を見ることも、境界の向こう側を見ることも、私にしかできない。
 知ることは、できるだろう。秘封倶楽部の一員である蓮子にだってそれはできる。
 でも。
 見て、触れて、味わうことは――きっと、私にしかできないことだ。


「ちょっとだけ羨ましくも思うわ。それって、可能性だから」
「可能性?」


 可能性。
 何のことか分からずに、私は問い返す。
 かつ、と蓮子は足を止めて私を見た。
 その顔は、微笑んでいる。
 蓮子は、人差し指でくい、と帽子をあげて、


「閉じ込められてる私たちと違って、旅人になれるから」
「『旅人』……?」
「そ。街から街に。夢から夢に。世界から、世界に。
 ――素敵だとは思わない?」
「それは――」


 それは。
 ――どうなんだろう?
 考えてみる。いや、感じてみる。考えてわかることじゃない。それは、感じることだ。
 どこか、遠くへいきたいと。
 どこか、遠くへ帰りたいと。
 そう思い、願うように。
 境界を越えて――どこまでも。
 それは、素敵で、不思議なことなんじゃないだろうか?


「――素敵、なんでしょうね」
「そうね」


 私の答えに、蓮子は満足したように笑みを深めた。
 蓮子が何を言いたいのか、私にはわからない。
 分からないけれど、そうして笑ってくれているだけで、心の中が温かくなる気がする。
 かけがえのない、友人だから。
 大切な――人だから。


「ねえ、メリー」
「何、蓮子?」
「目、閉じて」


 そう、言って。
 蓮子は一歩、私へと近づいてくる。かつん、と甲高い足音がなった。
 無人の街に。
 夜の街に。
 蓮子の足音だけが響き、蓮子の体が、近づいてくる。
 蓮子の瞳が、近づいてくる。


「……目?」
「瞼を閉じるのが、マナーでしょう?」


 くすくすと、女の子みたいに――蓮子は女の子だから、比喩にならないけれど――笑って。
 かつ、と足音が止まった。
 気づけば。
 蓮子は、目と鼻の先に居た。
 風が吹けば触れてしまいそうなほど近くに、蓮子がいる。
 けれど、夜の街に風は吹かない。風の音はしない。
 触れるとしたら――どちらかが、近寄ったときだけだ。


「――――」


 私は、何もいえない。
 蓮子が何をしようとしているのか、分からない。
 なんとなく、わかるような気もした。
 満月の夜に、狼男は変身する。
 その気持ちが、なんとなくだけれど、わかるような気もした。


「…………うん」


 結局、私は。
 素直に頷いて、瞼を閉じた。
 とくんと、心臓が鳴ったのが分かった。視界が暗闇に閉ざされたせいで、余計に他のことに意識が向く。
 心臓の音とか。
 すぐ前にいる、蓮子の気配とか。
 蓮子の息遣いとかが、明瞭と、わかってしまう。
 それ以外には、何もわからない。
 何も見えない。
 境界の向こう側も。
 境界のこちら側も、見えはしなかった。


「あのね、メリー」


 暗闇の中で、蓮子の声だけが、私の心に滑り込んでくる。
 するりと。
 心の深いところに、滑り込む声が。
 私の心に、深く、楔のように打ち込まれた。



「貴方の見てるものが――それは誰とも共有できないけれど――貴方の見ているものこそが、『世界』なのよ」



 え、と言おうとして。
 言えなかった。
 私が言おうと、口を開こうとした瞬間に――唇が、柔らかな何かでふさがれたから。
 何も、見えない。
 何も、見えないのに――それが、蓮子の唇であることが、なぜだか私にはわかってしまった。
 押し付けるような。
 抱きつくようなキスを、蓮子はしてきた。
 目を閉じて。
 触れる唇の感触だけが、頭にある。
 ――蓮子。
 口を閉ざされたまま、頭の中で、私は彼女の名前を呼んだ。
 なぁに、と答えた気がした。
 それは、気のせいだったけれど。
 私が信じるかぎり、それはきっと、本当のことなのだろう。
 ほどなく唇は離れた。口付けしてきたときと同じくらいに唐突に、唇が離れる。
 柔らかな感触が、遠のいていく。
 蓮子の気配が、遠のいていく。
 そして、蓮子は。


「貴方が好きよ、メリー」



 今までに聞いたことのないくらい、優しい声でそう言って――




「また――いつか、どこかで会いましょう」




 気配が――消えてしまった。
 蓮子の気配が、消える。
 私はそっと、瞼を開く。
 夜の街。
 空を見上げると、変わらない満月がある。
 ぽっかりと、向こう側から覗き込んでくるような、白い天体。
 遠い遠い、別の世界。
 どれほど歩けば、あの月までたどり着けるのだろうと、ふと思った。
 満月に照らされた、無人の街は――
 どこまでも、無人だった。
 私のほかには、誰もいない。
 私以外には、誰もいない。
 私しか、いない。
 夜の街には、私しか、いない。
 彼女は。
 友人である、彼女は。
 秘封倶楽部の相棒である、彼女は。
 大切な存在である彼女は――どこにも、いなかった。
 私だけが――ここにいた。 
 私だけしかいない世界が、どこまでも、広がってた。
 私は。
 私しかいない世界に向かって、知らず、呟いていた。 






「……………………………………………………蓮子?」








<了>







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↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。





 最後の一羽は
 遠く、遠くへと飛んでゆく。
 境界を越えて、どこまでも。



だがこの世に飢餓と貧困があるかぎり、博麗 霊夢は何度でも蘇るだろう。



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