1 | 二人乗りは道路交通法違反です。 |
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永い夜が、終わりを告げた。 「魔理沙、もう少しゆっくり飛べないの?」 すぐ横、箒の前に座る魔理沙に向かって、アリスはそっと声をかける。 楽しそうに箒を繰る魔理沙は「ん?」と聞き返してきた。 アリスはため息を一つ吐いて、 「ちょっと速いわよ。落ちたらどうするのよ」 聞こえるか聞こえないか、半半くらいの気持ちで言った。風が強くて、お互いの声が聞こえにくいからだ。飛ぶ高度はそこそこ高く、それに比例して風の勢いも強くなってくる。夏ということもあり、朝焼けの気配がする風が心地良かった。 魔理沙はしばらく「んー」と唸り、前を向いたまま、 「そのときはすぐに拾いにいくよ――というかアリス、自分で飛べるだろ?」 「疲れてて飛びたくないのよ」 今度のは、半分嘘で、半分本当。 疲れてるのは本当。月が偽者にすり替わるなんていう異変を解決して、もう何もしたくないくらいに疲れていた。弾幕の撃ちすぎで身体が重い。今すぐ眠りたいくらいだった。 だからこそ、自分で飛ぶのも面倒で――アリスは、魔理沙の箒の後ろに、横向きに座っている。左手を魔理沙の背に添え、右手で箒の藁をつかみ、足をふらふらと揺らしながら景色と、前に座る魔理沙を見ている。 魔理沙はといえば、鼻歌でも唄いそうなほどの調子のよさで、楽しそうに飛んでいた。 ――体力、無限なのかしら。 そう疑わずにはいられない。あんがい、もっともタフな生物は人間なのかもしれない――目の前の魔理沙と、とあるメイドと、とある巫女の顔を思いうかべて、アリスはそう思った。 それが、本当の、半分。 嘘の半分は――言うまでも無い、というか、言えない。 単に、こうやって、箒の二人乗りをしたかっただけだなんて。 「夜は永かったし、敵は多いし。疲れて当然よね、当然」 言うアリスの顔は、少しだけ赤い。 魔理沙が前を向いていて良かった――心の中でほっと息を吐く。 「私も疲れてるんだがな」 含み笑いと共に魔理沙がいい、その頭をアリスはぽん、と叩いて「感謝してるわよ」と言う。その言葉を聞いてさらに魔理沙は笑い、箒を右にロールさせた。 右から吹く風が強くなる。魔理沙の金の髪が左に流れていく。どういう理屈なのか、三角帽子は落ちない。 地面が近くなる。 高度五十、四十、三十、二十―― 「ちょっと魔理沙!?」 「これくらい――」 地面に、手が触れそうなほどに近付いた。 撃墜をアリスが覚悟した瞬間、魔理沙が箒の柄を上に上げた。箒は上向きになり、けれど落下の慣性を殺しきれず、箒の尻が地面をかすかに舐めた。土の上に細く小さい後がつく。 「――普通だぜ!」 力強い声と共に加速。箒は再び上昇する。広角から鋭角へ。45度の角度で上昇し、あっという間に元の位置につく。 放っておけば、曲芸飛行でもしそうな勢いだった。 水平飛行に戻してから魔理沙が楽しげな口調で、 「いつもならこのあとインメルマンターンでもするが――ま、今日は疲れてるからこれくらいだな」 「……あのね、魔理沙。落ちたらどうするのよ?」 背中越しにでも、分かった。 その言葉を聞いた瞬間、魔理沙が笑ったことを。肩がかすかに動いた。笑う気配がする。 案の定、魔理沙は笑いを含んだ、楽しそうな声で答えた。 「そんときは、今みたいに拾いにいくよ」 「――――」 呆れた。 ひょっとしたら、それを言うためだけに、さっきの曲芸もどきをやったのかもしれない。 呆れたけれど、怒る気にはなれなかった。 代わりに、 「なら、落ちないように努力するわよ」 言って、アリスは魔理沙の腰に手を回す。両腕で、魔理沙の細い腰を抱きしめる。 「おいおいアリス――」 「いいでしょ。これなら堕ちないわよ」 「そりゃま、確かにそうだけど」 「なら安全運転を心がけること!」 「はいはい、お客様、どこまで行きましょうかね――」 言いつつ、今度は左にロール。ゆるやかに進路を変えつつ、夜闇を飛ぶ。 明けは近い。 長い夜は終わり――空の端が、少しずつ明るくなりつつあった。 風から身を守るように、アリスは、腕に少しだけ力を込めた。身体を寄せ、魔理沙に後ろから抱きつくようにする。 ――後ろ向きでよかった。 今、自分がどんな表情をしているのか、アリスには分からない。そして、同じように魔理沙にも分からないだろう。 だからこそ、こういうことができた。 夏の暑さと、夜風の涼しさに、服越しに伝わる体温のぬくもりが加わる。声が、身体の振動で伝わってくる。 すぐそこに魔理沙がいる、それだけで十分だった。 「どこまでも――」 アリスは小さく呟く。魔理沙は答えない。 二人の身体をすり抜ける風が甲高い音をたてる。笛がなるような風の音。その風すらも、あっという間に後ろへと流れてしまう。 地面は遠い。人の村も妖怪の家も関係なく、後ろへと消えていく。 遠い世界の出来事に思えた。 下を見ることなく、前と上だけ見ていれば――そこには魔理沙しかいない。夜空と雲と魔理沙があるだけだ。 「どこまでも――一緒に――」 呟きは風の音に聞こえる。 寄りかかる魔理沙から伝わるのは温もりだけで、彼女が今、どんな表情をしているのかアリスにはわからない。 言葉が途絶える。風の音が、やけに大きく耳についた。 二人ともに言葉を失くす。体温だけがそこにある。 アリスは何も言わない。 魔理沙は何も言わない。 黙ったまま――魔理沙が、動いた。 「――しっかり捉まってろよ」 そう、言って。 箒の柄を、直角に近い角度で真上に向けて、力をこめた。 二人を乗せた箒は、真上へと、すさまじい勢いで昇っていく。流れ星を逆再生するような行為。もし、この時空を見上げるものがいたら、金の光が空へと上っていくのが見えただろう。 風が上から襲ってくる。魔理沙の髪に、アリスの視界が奪われる。 冗談ではなく落ちそうになって、アリスは無我夢中で魔理沙に抱きついた。 「ちょ――魔理沙!」 「黙ってないと舌かむぜ!」 楽しげに言い捨てて、魔理沙はさらに速度をあげた。 半ばパニックに陥りながらも、アリスは手を緩めることだけはしない。 風の音が強く、高くなる。 一瞬――視界が、真っ白に染まった。ぼん、という軽い爆発のような音。 箒が雲の中に突っ込んだのだと、アリスは気付かなかった。 雲の中にいたのはわずなか間だった。再び音がして、視界がクリアになる。身体のあちこちに湿り気を感じた。その時になってようやく、アリスは自分が雲の中を通ったことに気付いた。 魔理沙が、ゆっくりと、箒を水平に戻す。 金の髪が大人しくなり、魔理沙の元へと戻る。 アリスは文句を言おうと口を開け、 「あ、――」 言葉を失い、意味のない音だけが、口から漏れた。 雲の上、幻想郷でもっとも空に近い場所。 山に遮られて見えなかった朝日が――すでに、そこにいた。 世界が明るく照らし出されている。永い永い夜の終わりを告げる太陽が、顔を見せている。 雲の上、かすかな朝霧に光が反射して、世界が輝いてみえた。 「綺麗なもんだろ。たまに一人で、空の果てまで思い切り飛んでみると、すごい気分が楽になるんだぜ」 軽く言う魔理沙の言葉を聞きながら、アリスは、ぐるりと空の果てを見渡す。 太陽と雲。それ以外には、何もない。 雲に遮られて、下は見えない。そこには本当に、魔理沙と、空しかない。 二人きりだった。 「世界中で――二人きりみたいね」 心がそのまま言葉を紡ぐ。魔理沙は「まぁな」と呟き、それきり黙った。 アリスは抱きついていた手を緩め、魔理沙の肩に、自分の頭を載せる。 抱きつく、というよりは、身体を摺り寄せるような行為。 魔理沙は何も言わない。ゆっくりと、速度を落して、空の上を飛ぶ。 なぜだか泣いてしまいそうになって――アリスは、「魔理沙」と名前を口にした。 朝焼けの中、その声を聞くのは、世界中で、魔理沙だけだ。 (了) |
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↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑ ◆あとがき◆ カントリーロードって名曲ですよね。 映画は鬱になりますけど。 ハハハハハ タ |
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