1 第二種永久機関
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 博麗 霊夢は飢えていた。



 どれくらい飢えているかといえば、革靴はもとは牛だったのだから食べれるといって食べるくらいに飢えていた。今バナナの皮を霊夢に与えれば、彼女は嬉々として食べたに違いない。ワラだろうが卵の空だろうが、今の霊夢ならば立派な栄養源だった。
 それくらいに飢えていた。
 萃香の力で「霊夢の腹の中にある食べ物」を萃めても何も出てこないくらいに飢えていた。
 このままいけば良くて餓死、悪くて即身仏である。あははうふふ私ったらこのままだと幻想郷を支配する生き仏になっちゃうわね、と本気で霊夢の思考がトリップしかけたときだった。
 霧雨 魔理沙が、博麗神社を訪れたのだ。

「見てられないぜ」

 畳の真ん中で横になり、指先一つ動かさない霊夢の姿を見て、魔理沙はやれやれと首を振った。心底呆れていた。
 襖の外では雪が降り始めている。秋はとっくに終わり、冬が訪れていた。
 当然作物や動物の収穫量は激減する。そういうことを見越して、村里では秋のうちから貯蔵を始める。
 だが、博麗神社のどこを見渡しても、そんなものはありはしなかった。


「霊夢、いい話を教えてやるぜ。アリとキリギリスって話」
「うーあー?」

 言語野についに異常がきたのか、わけのわからないうめき声をかえす霊夢。
 魔理沙は肩を竦め、

「アリさんは真面目に貯蓄して冬を向かえ、キリギリスさんはそれを襲って食料を手にして、冬には共倒れになりました――って素敵な話だぜ」
「がー?」

 それがー? と言っているのだろう。多分。
 もはやたれる涎もないのか、ぽかんと開いた口からは名にも零れてこない。しかし、ぎょろりと浮いた瞳だけが、魔理沙を凝視していた。
 瞳に射すくめられたまま、魔理沙は言う。

「秋に食料ぱーっと食べたお前は、どう考えても自業自得だぜ」

 ぱーっと、という言葉は、少しも間違っていない。
 連日連夜酒と鍋の繰り返しだった。明日は明日の風が吹くわ……と霊夢は気取って言っていたが、この場合、明日になったら台風でしたというべきなのだろう。宴会騒ぎで食料を――付近の民家の分まで残らず根こそぎ奪って――食い尽くした霊夢は、当然のように、冬になると同時に飢えた。
 飢えて飢えて、その上植えて、さらに飢えて、飢えまくって、飢えつきた。
 こっそり食料を隠しておいた一部を除いて、他のものも、みんな飢えていた。
 その文句を言うのと対策のために魔理沙は博麗神社を訪れたのだが――肝心の霊夢がこのザマだった。
 見ちゃいられないぜ、と魔理沙はもう一度繰り返して、靴を脱ぎ捨てて畳の上へと上がった。倒れている霊夢のそばまでより、上半身をそっと抱え起こした。

「ほら、しっかりしろって。幻想郷の危機にさっそうと現れる巫女だろ、一番最初にやられてどうすんのさ」

 あんたがやらずに誰がやる、と霊夢を励ましながら、魔理沙はポケットの中に手を突っ込む。その中に入っているのは永遠亭から奪ってき……もとい譲り受けてきた丸薬で、一度食べれば腹の中で三十倍に膨れ上がるという代物だった。
 一時的に飢えをしのぎ、どうにかこの飢餓をしのぐ。
 そのために魔理沙はきたのだ。
 が、間近にいる魔理沙を見て、霊夢は、あらんかぎりの力をしぼって叫んだ。




「肉――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」



 そして、枯れ木のような見た目からは信じられないほどの力で魔理沙に抱きついた。いきなりの抱擁に魔理沙は「わっ、わっ!」と慌て、慌てる魔理沙を意にも介さず、霊夢は叫びながら、
「蛋白質――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」
 魔理沙の首筋に噛み付いた。
「痛ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」
 幻想郷中に響き渡りそうな、魔理沙の大声だった。
 霊夢は飢える人の必死さそのままに魔理沙にかぶりつき、乾いた唇で首筋にむしゃぶりつき、舌で肌を舐めながら噛み付いた。こうかくと淫靡な感じがするが、実際の光景は凄まじいものがある。燃え尽きる前の蝋燭の強さがあった。命の炎を全開に燃やしているのだろう。
 鬼気迫る霊夢の様相に、魔理沙は本気で脅えた。ここまで脅えたのは、六年前に怖い夢を見ておねしょをして叱られた時以来だった。
 恐慌に駆られて、魔理沙は、力の限り博麗 霊夢を突き飛ばした。
 歯が首筋につきささったままぽろぽろと抜けた。老人のように霊夢は吹き飛ばされ、畳の上を転がり、そのまま動かなくなった。
 悪いことをした――という思いより、恐怖がかった。
 喰われるかもしれない恐怖。
 そんな恐怖を味わったのは初めてだった。魔理沙は泣きべその顔を隠そうともせず、ちょっぴり湿ってしまったドロワーズで箒に跨り、
「そんなに食いたいなら自分の肉でも食べてろバカ――!」
 泣きながらそう叫んで、一目散に飛び去っていった。
「…………」
 その、去り際の叫びを聞いて。
「………………そっか」
 むくり、と霊夢が身をおこした。窪んだ瞳が妖しく輝いている。
 その目が見えるのは――自身の肌だ。
 かろうじて、ぎりぎり生きていく分だけ残っている、自分の体だ。


「 ま だ お 肉 、 残 っ て た わ ね 」


 言って、霊夢は最期に残った肉へとかぶりついた――











 そして誰もいなくなった。









END





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・あとがき

だがこの世に飢餓と貧困があるかぎり、博麗 霊夢は何度でも蘇るだろう。

だがこの世に飢餓と貧困があるかぎり、博麗 霊夢は何度でも蘇るだろう。



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