1 三月精を人気にする方法を不真面目に考えてみた。
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「ねえサニー、ルナ。私たちが人気になるにはどうしたらいいかしら?」

 と、スターサファイアが二人を交互に見ていった。黒く長い髪が左右に揺れる。かすかに光を反射させて輝くのは、彼女が月の光の妖精だからだろうか。
 もっとも、今三人がいる場所には、外の光はあまり届かなかったけれど。

「それは難しいことだわ」

 むっつりとした顔で、縦ロールを弄くりながらルナチャイルドが答えた。考え込んでいるのか、不機嫌なのか、ぱっと見ただけでは分からない。付き合いの長いサニーとスターには、彼女がそこそこ上機嫌だということは分かっていた。

「でも、面白そうな話ね」

 そう言って、サニーミルクが愉快げに笑った。おかしそうに首を揺らすたびに、二つに結んだ髪の毛が前後に振れた。
 三人の少女は、人の腰ほどの背しかない。棚や床に腰掛けている姿は、何かの置物のようにすら見えた。
 それもそのはず――三人は人間ではない。
 星の光の妖精、スターサファイア。
 月の光の妖精、ルナチャイルド。
 陽の光の妖精、サニーミルク。
 三人あわせて三月精。自然の光の妖精たちだ。
 妖精といっても、氷精・チルノのような人気や強さは持っていない。元々、アレのほうが異常なのだ。三月精は弾幕も放てなければ、影も薄く、人気もなく、名前を間違えられる程度の存在でしかない。
『ただそこに在るだけのもの』。
 それが三月精だ。究極的には、森の枝葉や野に咲く花と大差はない。
 そんな彼女たちだから、人気がないのも無理はなかった。むしろ名前を覚えられているだけ僥倖、下手をすれば「誰、それ?」の二言で片付けられてしまう。不憫というには不憫すぎる、悲惨というには悲惨すぎる、無惨に惨酷な現状だった。
 だからこそ、三人はこうして現状を打破するべく会議を始めたのだが――

「始めるのは、いいのだけれども」

 輪になって座り、考え込む三月精に向かって男の声が投げかけられた。三月精は一糸乱れぬ動きで声のした方を振り向いた。
 視線の先――店の奥には、森近 霖之助が座っていた。読んでいた本を膝の上に置き、三月精を眇めみながら、

「どうして僕の店でやるんだい」

 と訊ねた。
 そう。
 三月精が今座っているのは、いつもの木の家でも、神社の屋根でもない。魔法の森の中にある、不思議な古道具屋・『香霖堂』の店内だった。雑多に詰まれた箪笥や板床に腰をかけ、完全にリラックスしている。
 三月精は霖之助をじっと見たまま、異句異音に同時に答えた。

「流れ弾がこないから」
「物がいっぱいあるから」
「太陽があたらないから」

 上からサニー、スター、ルナの順の答えであるが、別に誰がどれを答えたとしても大差はない。
 答える三人の手元には、それぞれ本が握られていた。霖之助が呼んでいる本よりも小さいが、本人たちのサイズが小さいので対比的に本が大きく見える。
 本は、びっしりと文字が書かれているのではない。
 絵と文字が混ざり合って書かれた本――幻想郷の外から流れ着いてきた漫画を、あ三人は読んでいたのだった。
 最近三月精が香霖堂に入り浸るのは、それが目的なのかもしれない。というか、それが目的なのだろう。
 三人は思い思いの漫画を読みながら、その片手間におしゃべりを続けていた。

「だからね、やっぱり弾幕を撃てないのがいけないのよ!」

 霖之助を完全に無視してスターが言った。
 すっくと勢いごんで立ち上がり、本を片手に突き上げて、

「弾幕遊びができたら、きっとEXボスも夢じゃないわ」
「EX……」
「ボス……」

 ルナとサニーが考え込む。EXボス。それは誰もが夢見る到達地点だ。たとえEXボス前座としてでもステージに出られれば、知名度・実力は一気に跳ね上がる。例外としてEXで出てしまったため不名誉な仇名をつけられたハクタクなどもいるが、それはまあ例外といえよう。
 もしEXボスとして、出れたのならば。
 人気投票で一位とは言わずとも――十位に入るのは確実だろう。少なくともレイラ・プリズムリバー以下の人気という、泣くのを通り越して笑い出したくなるような羽目にはなるまい。

「でもスター。私たちが、どうやって出るのよ?」

 根本的な問いをルナが投げかけた。
 三月精は弾幕を放てない。花映塚での妖精並とはっきりと明記されている彼女たちに、そんな大それたことができるはずもない。最近紅魔館でほんのちょっぴり活躍したが、あれはどう考えても背景装置やステージ演出扱いである。ポジション的にはメディスンが出す毒と対して変わらない。
 そんな不名誉な扱いで、人気が出るはずもない。
 なんとかして、弾幕遊びに参加する方法があれば良いのだが――

「自分で弾幕が撃てないなら、撃てるものを使えばいいのよ」

 どこか自慢げに、スターはそう言った。
 どういうこと? とルナとサニーが首を傾げる。スターは教鞭のように人差し指を振い、手に持った漫画をぺらぺらと開きながら、


「つまりね――――――」



        †   スターサファイア作:三月精弾幕編   †



Extra

 月と星と太陽の精

  幻想郷の果て、自然の光の満ちる中。
  三つの弱き光は、いったいなにを得る?
  三つの強き力は、いったいだれを獲る?

   BGM.東方三月精 〜 Eastern and Little Nature Deity.


「ここが あの三月精の ハウスね」

 のちの世の文々。新聞で三月変と噂される異変を解決した博麗 霊夢は、その元凶をそそのかしたと思しき三月精の住処を訪れていた。時刻は午前三時前。太陽の光はなく、空には月も浮かんでいない。相手が三月精ということもあり、光のもっとも少ない時間を狙ったのだ。
 もっとも、そんな用心をしなくても、三月精如きに負けるとは少しも思ってはいないが。
 なにせ――相手はただの妖精なのだ。いくらEXステージとはいえ、まける要素が少しもない。
 そもそも霊夢自身にはEXステージに挑んでいる気概などまるでなく、気分はすでにエンディングだった。瞳を閉じて耳をすませばほら、いつものスタッフロールが聞こえてくるような気がする。本当に聞こえてきたらかなりヤバい幻聴です。

「もう 三時前だわ」

 空を見ながら霊夢が言う。月も見ていないのに時間がわかるのは、きっと腹時計か何かを利用しているからに違いない。そもそも幻想郷において、時間の概念などあまり意味はない。眠くなったらおうちに帰る、という素敵な行為ができる世界、それが幻想郷だ。
 跳ぶうちに三月精が住むと思しき大きな木が見えてくる。幹の高いところには、大きな洞があった。
 霊夢はそこを見据えて――

「金を 返して!」

 そう叫ぶと同時に――ありったけの符を洞へと叩き付けた。
 手加減無用の、全身全力。ホーミングの必要すらなく、符は一直線に洞へと伸び、残らず木に突き刺さった。百を越えるかずの符が突き刺さっては、樹齢何百年を越える木とて堪ったものではない。ましてや相手は問答無用の博麗の巫女なのだ。龍すらまたいで通るような暴力に逆らえるはずもない。
 めきめきと音を立てて、木が折れる。その様を、霊夢は満足げに見つめた。
 彼女がここまで本気になるのには、勿論理由がある。三月変事件とは、とあるウサギと妖精が手を組んで、幻想郷中をイタズラして周るというささやかな事件だった。ところが誤解が誤解を呼び、やがて破滅へと加速してくような――恐ろしい事件になってしまったのだ。
 が、霊夢としては、最初の事件で賽銭箱ごと盗まれたのを根に持っていたらしい。わざわざここまで出張ったのは、そういう理由だった。ちなみに金はウサギからとっくに奪い返しているので、これは完全に八つ当たりである。

「やりすぎてしまったかもしれないわね……」

 まったく反省していない口調で霊夢は言う。木は洞のあたりから真っ二つに折れ、その中身をさらけ出していた。三月精が使っていたとおぼしき椅子や机、ルナが持ち替えった品々が転がってみえる。
 が、肝心の三月精の姿はない。
 空っぽの家が無惨に見えるだけだ。
 霊夢は首を傾げ、


『待て――!』


 不可解なエコーが掛かった声と共に、博麗 霊夢は地面へと叩きつけられた。

「な、」

 と驚く暇すらなく、霊夢はそのまま地面の中へと無理矢理押し込まれる。空の彼方より飛来した何かが、宙を飛んでいた自分を地面に叩きつけたのだと、すぐには理解できなかった。
 理解すると同時に、頭にきた。
 攻撃されたこと、ではない。その攻撃を気付くことも避けることもできなかったことにだ。こと弾幕遊びにおいて、被弾は完全な赤っ恥だ。気付かなかった、などと言い訳できるはずもない。
 腹立たしさを、そのまま丸ごと敵意へと変換した。

「何――するのよ!」

 自分を押し込む圧力に向かって、霊夢は符を投げつけた。弾幕ならば対消滅、妖夢のような近接者ならば弾き飛ばす――そう見込んでの符撃だった。
 が、相手は、そのどちらでもない方法を選んだ。

『甘い! スター・サファイヤ・トマホォォォォォク!』

 そんな、愉快な声が聞こえると同時に。
 ぶん、と頭の上で何かが降られるのを霊夢は感じた。一拍遅れて衝撃が訪れ、霊夢は地面をごろごろと転がった。何かが通り過ぎ、通り過ぎた何かが空気をかき混ぜていったのだ――高速で思考しながら霊夢は体勢を整え宙に飛び上がり、
 そして、霊夢は見た。

「な――に、この、何?」

 空に浮かぶ、黒金の城を。


      BGM. 今がその時だ


『真・スターサファイヤよ』

 ソレは自信たっぷりにそう言った。口――と思しきあたりから反響しながら声が漏れる。あまりの光景に、霊夢はふよふよと浮かんだまま硬直してしまう。
 異常だった。
 どう考えても異常だった。
 数十センチのはずの少女は、十数倍の数十メートルになっていた。ところどころデフォルメされてはいるものの、確かにスターサファイヤの原型を保ってはいた。原形を保っているだけで、それ以外は何から何までおかしかった。どう見ても肌は鋼鉄であり、手に持ったいつもの傘(やはり巨大化している)の先には物騒な斧がついている。とどめとばかりに頭からは二本の角が生えていた。
 一言で言えば、巨大ロボである。
 一言以上で言ったとしても、巨大ロボとしか言いようがないだろう。しいて言えばスーパーロボというよりゴエモンロボのほうがイメージに近いことくらいだ。

『博麗の巫女! 私は――私たちは、この力で貴方に勝たせてもらうわ』

 自信溢れる声で、スターはそう断言した。
 宣言ではなく、断言。
 必ず勝つ――即ち、必勝を誓って。
 その声に、目が点になっていた霊夢はようやく正気に戻った。
 正気に戻らない方が幸せだったかもしれない――そう思いながら、幻想郷の夜に浮かぶ巨大スターサファイアに向かって声を張り上げる。

「そんなもの、どこで拾ったのよ!」

 どう見ても幻想郷の世界に違和感だらけだった。山合いに浮かぶようにして聳え立つロボスターは、巨大萃香とは比べ物にならないほどにでかい。かつてSF的な機械を持ち出した少女がいたが、それよりも酷い。
 しかし、EXボスとしては――問答無用の説得力があった。

『それは僕が説明しよう!』

 空に浮く霊夢の足元――森の外れの方から、返答の声はきた。聞きなれた、森近 霖之助の声。
 拡声器でも使っているのか、声はいつもよりも響いて届いた。スターロボに組み込んだ物と同じ物を使っているのだろう。

「霖之助さん、貴方の仕業?!」

 遠くにいるであろう霖之助に向かって霊夢は叫ぶ。隠れてでもいるのか、姿はまるで見あたらなかった。声だけが、森の奥から聞こえてくる。

『違う! 僕は彼女たちに頼まれて品物を売っただけだ!』
「……頼まれた?」

 小声で霊夢が首を傾げる。その声は聞こえていないだろうに、霖之助は明るい声で言葉を続けた。

『創業107年、親切ていねい、魔法の道具ならなんでもそろう香霖堂! 信頼のブランド香霖堂店主、森近 霖之助の協力だ!』
「…………」
『有用性を証明でき次第、幻想郷中の人里や妖精に売り出すことになっている。霊夢、安心してやられてくれていいよ』
「そのまえに霖之助さんを殺ってやる――!」

 完全に暴走している霖之助がいると思しき方向に、霊夢は問答無用で符を放った。紅と白の符が、二列縦隊で孤を描きながら森の一角に突き刺さる。ぎゃ、という悲鳴は、符が地面に突き刺さる音でかき消されていった。
 頭の中から霖之助の存在をまるごとけし、霊夢は巨大スターに向き直る。スターサファイアは、余裕たっぷりに腕を組んで待っていた。

『そろそろ、やってもいいかしら?』
「……人の手を、機械の手を借りるなんて。妖精らしくないんじゃない?」

 挑発するように霊夢が言うが、スターサファイアはふ、と笑うばかりだった。
 そんなことは――どうでもいいと、言わんばかりに。
 たった一つの誇りを捨てて、新たに得たは鋼の体。 博麗の巫女を叩いて砕く、三月精がやらねば誰がやる。
 EXボスでいることが重要なのだと、三月精は無言で主張していた。

『御託は終わり――行くわよ、紅白の蝶!』

 巨大スターは猛りと共に巨大傘を振り上げる。柄の先についているのは、白玉楼の門すら両断できそうな鋭い刃だ。
 スターは力の限りに斧傘を振り下ろし、

「そんな遅い攻撃に、あたるわけないでしょう!」

 斧をくぐるようにして霊夢は避けた。いくら鋭い刃とはいえ、弾幕と較べれば鈍重としかいいようがない。斧が巻き起こした風に乗りながら、巫女服の懐から新たな符を取り出す。指の中で符をこより、針状になった符に魔力をこめて一気に投げ飛ばした。
 針は空中で数を増やしながら、攻撃の硬直で固まるスターへと突き進む。
 パスウェイジョンニードル。完璧に入った――霊夢がそう確信した瞬間だった。


『オープン・三月精!』


 掛け声と共に、巨大三月精が、三つに別れた。
 え、と霊夢が驚愕の声を漏らす。彼女の見る中、三月精は三つに分裂――分割することによって、絶対に避けられないと思った針を見事にかわした。鋭角三角形のような、もはや何だかわからない形の三月精たちは空中を高速で飛び、霊夢と距離を置いて再び合体する。
 ただし、掛け声だけが、違った。

『チェーンジ・三月精・サニー!』

 三月精の声には違いない。けれども、先までのようなスターサファイアの声ではなかった。
 それよりも少しだけ明るい、元気に満ちた、サニーミルクの声。
 サニーのはつらつとした声と共に、三つに分かれた三月精ロボが一つになる。
 再び露わになった姿は――

「さっきまでと違うじゃない!?」
『三つの光に三つの力! それがこの真・三月精よ!』

 笑うサニーの言葉どおり、先のスターロボとは趣を大きく変えていた。巨大人型、という点には変わりはない。しかし、愛嬌のあった顔はいかつく変わり、ツインテールは太陽の光のように広がっていた。まるで巨大な太陽が、そのままロボットになったような――そんな姿だった。
 新たな巨大ロボは、ポーズを決めて、月も太陽もない空に向かって大声で吠えた。



『サニーミルク・3――! この日輪の輝きを恐れぬならかかってきなさい!』


      BGM.カムヒア! サニーミルク3


 同時に、ぴかー、と間抜けに光るサニーミルク3の額。
「………………」

 何て言えばいいのか、それとも何も言わずに帰ったほうがいいのだろうか霊夢は悩む。強制的にノーコンティニューになってくれれば縁側でお茶を啜って幸せに生きれるというのに私は一体何をしているんだろう今年は冬が長かったから幻想郷では全世界的に稲作が全滅的ね。
 段々と思考が現実逃避していることに気付き、霊夢はかぶりをふって祓い串を構えた。

「……とにかく、殺らせて、」

 もらうわよ、といおうとして――いえなかった。
 霊夢が言葉を放つよりも早く、サニーミルクが動いたからだ。

『必殺、サニーアタック!』

 叫びと共に、新星が生まれたような光がサニーの額から漏れた。幻想郷の隅から隅までが光に多い尽くされる。変身シーンの最中に攻撃するというような外道な行為だが、サニーの頭の中には勝てば官軍という言葉が浮かんでいるのだろう。必殺技を出すのにいちいち叫ぶ理由は定かでhない。スペルカード宣言のようなものなのだろう。
 が、叫んだとは言え、不意打ちには違いなかった。
 太陽のような輝きを、間近で直視した霊夢はたまったものではなかった。叫び声を上げることもできずに空中を転げまわる。器用なことだ。

『今がチャンスよ、サニー』

 コクピットと思しき場所からルナチャイルドの声。サニーは『もちろん』と答え、

『サニーミルク・クラッシュ!』

 音を越える速度で霊夢に接近し、その拳を連続でたたきつけた。一撃、二撃。符が展開して目を押さえる霊夢を守ろうとするが、その上から幾度となくサニーミルク3は殴りつける。三撃、四撃、堪えることなく殴り続け、
 五撃目で、拳をつかまれた。
 人の背ほどある拳を――霊夢は、片手で受け止めた。

『『『なァッ!?』』』』

 異口同音に三月精が驚きの声を漏らす。よく目を凝らせば、霊夢の袖口から伸びた符が、サニーミルク3の拳に絡み付いているのだ。符の力で拳を止めたのだ――三月精がそう理解すると同時に、霊夢がにやりと、邪悪な笑みを浮かべた。

「捕まえたのなら――見えなくても、関係ないわよね」

 ――殺られる。
 本当と直感で、三月精はそれを悟った。

『オープン・三月精!』

 誰からともなく分解ボタンを押す。巨大な拳はばらばらに砕け、符の束縛から逃れて三月精は再び空を舞う。鋭角三角形――それは、合体をひかえた飛行機だ。誰が主となって戦うか、この段階で決定し、巨大ロボットに変身する。店主の森近 霖之助はそう説明した。
 内部通信で、サニーがうろたえた声で言う。

『どうするの!? あの巫女、やっぱり強いわよ!』
『そうね――』

 スターが考え込み、サニーは余計に慌て。

『なら、私がいくわ』

 二人を遮るように、ルナチャイルドが言った。
 コクピットのパネルにうつるルナの顔を、サニーとスターがまじまじと見た。いつもの不機嫌そうなルナの顔は、けれども覚悟に染まっている。
 私がやる、と、彼女は主張していた。
 それを拒む理由など――何一つとして、あるはずがなかった。

「誰でもいいけど、早くしてくれないかしら?」

 ようやくおぼろげながら見えてきた視界の中、空中をうろうろと飛びまわる三つの三角形に向かって霊夢は言う。次に合体して一つになったものに、全力を叩き込むべくスペルカードの準備を始める。
 決着は、近い。

『任せたわよ、ルナ!』
『頼んだわよ、ルナ!』

 スターサファイアとサニーミルクの応援に、こくりとルナチャイルドは頷き。

『チェェェェェェェェェェェェンジ、三月精・ルナァァァァァァァァァァ!』


 裂帛の気合と共に、最後の変身を遂げた。

    BGM.月色Horizon

 スターともサニーとも違う、ルナチャイルド専用の形。
 前者の二人とは違い――無機質な鋭い姿。線が細く、触れれば切れてしまいそうな鋭さがあった。巨大な縦ロールはくるくると伸び、背中で十時を描いて広がった。
 正面から見れば、その髪はXの字を描いているようにも見えただろう。
 新たに生まれた白金の巨人は、人差し指を霊夢へと突きつけた。

『月の光が満ちる時――マスタースパークの42倍の威力の魔砲を放つことができる、ルナX! 博麗 霊夢、貴方もお終いよ』

 ルナの声は覚悟に満ちていた。
 ルナの声は勇気に満ちていた。
 ルナの声は勝利に満ちていた。
 これで――全てが終わるのだと。
 博麗の巫女との、短いようで短すぎた戦いが終わるのだと。
 万感を一言に込めて、ルナチャイルドは言う。


『――月は出ているか』

 そして、博麗 霊夢はきっぱりと答えた。

「出てないわよ」

『…………』
『…………』
『…………』

 三月精は、空を見上げた。
 星が出ている。
 夜だから、太陽は出ていない。
 新月だから、月は出ていない。
 満月どころか――月は、少しも出ていない。
 欠片すら、ありはしなかった。


『…………』
『…………』
『…………』
『……………………』

 再び沈黙する三月精。てん、てん、てん、と聞こえてきそうな雰囲気に、霊夢までもが沈黙してしまう。
 ――ぽち。
 静かな雰囲気の中、ルナチャイルドが発射スイッチを押した。一度放たれれば、山を穿ち地を削り、後には何も残らない砲撃を放てる、ルナXの必殺技のボタンだった。
 が――押しても、何もおきない。
 もう一度、押してみた。
 ぽち。
 しかし 何も起きなかった。
 ぽち。
 しかし 何も起きなかった。
 ぽち。
 しかし 何も起きなかった。
 ルナチャイルドの不機嫌そうな顔が、泣きべそに歪む。サニーミルクが再び慌てはじめ、スターサファイアは慌てることなく脱出スイッチのボタン(一人用)に手をかけ、


「――スペルカード《夢想封印》!」

 痺れをきせた博麗 霊夢がスペルカードを放ち――色取り取りの光の玉が、巨大ロボットを問答無用で粉砕した。



     †   終了   †



「……負けてるじゃない?」

 スターの楽しげな語りが終えると同時に、ルナはむすっとした声で言った。一見不機嫌そうに見えるが、その内実も不機嫌である。自分が最後の落ちに使われたのが納得がいかないのだ。おまけに、負けている。それで喜べるはずがない。
 あら? とスターは可愛らしく首を傾げ、

「おかしいわね。勝てるつもりだったんだけれど……」
「根本的な間違いがあるんじゃない?」と、サニー。呆れたように肩を竦め、「そもそも、あの巫女と戦おうというのが間違いなのよ」

 何を今更――と霖之助が相槌をうつが、三人はまったく聞いていない。
 スターサファイアは、「この本、面白かったのに」といって、石×賢作と書かれた分厚い本をぱたんと閉じた。
 ルナはぎろりとサニーを睨み、

「じゃ、どうすればいいのよ?」

 ルナの問いに、サニーはえっへん、と無い胸を張って答えた。

「もちろん、私の可愛らしさを全面に出すのよ!」
「私たちの、でしょ」

 スターがすかさず注釈を入れるが、サニーはあえて無視して言葉を続ける。

「弾幕を捨てて、可愛らしさで勝負。小さければ小さいほど良い、という考えがあるそうなのよ」

 そんなのはごく一部だけだ――霖之助がさらに突っ込む。本を読み終えて暇らしい。
 その霖之助を無視して、スターが「例えば?」と訊ねた。
 サニーは「そうね――」と考え込み、

「こんなのはどう?」
「こんなの?」

 おうむ返しに聞くルナに向き合いながら、サニーはしなを作り、スカートを少しだけめくり、

「らめええええ、サニーのミルクでちゃうのおおおおお」
「それは可愛いんじゃなくて媚びてるだけじゃない!」

 ルナが顔を真っ赤にして怒鳴り、サニーが持っていた本を蹴り飛ばす。みさ×ら作と書かれた本が床に叩きつけられ、霖之助が嫌そうな顔をした。サニーは慌てて本を拾い、きっとルナを睨みつけ、
 
「何するのよ! 謝りなさい!! サニーなミルクの神様に謝りなさい!!」
「そんな神様いらないわよ!!」
「ポケ×ンッ!」

 ルナのケリが今度はサニーの首に決まり、奇妙な叫び声をあげながらサニーは香霖堂の床を転がった。ぴくぴくと震え、そのまま動かなくなる。
 そんな二人のやり取りを、スターは新しい本を読みながら「あらあら」と笑って見過ごした。早速影響され始めたらしい。
 そんな三人のやり取りを見ながら、森近 霖之助は深い深いため息を吐いた。



「読むのはいいけれど――お願いだから、僕の店を壊さないでおくれよ」
 


 もちろん、そんな言葉は、三人とも聞いちゃあいなかった。
 三人の少女の姦しい会議は、終わる気配をまったく見せなかった。




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↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。


 色々と幻想になってしまいました。
 黙祷。



 ……一月発売の三月精の単行本は幻想になりませんように。



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