1 完全に破廉恥な従者
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 幻想郷において――ではない。
 少女たちの間によって、胸の大きさというのは一瞬のステイタスであり、大きなヒエラルキーとなって横たわっている。
 なぜならば、と説明するまでもない。
 少女だからだ。
 過敏な年頃である少女たちにとって、それは例外ではない。むしろある意味では最大の関心ごとだった。
 胸囲に一喜一憂し、体重計を前に神を呪う。爪が伸びては吉兆だと叫び、肌が荒れては怪しげな薬を買い込む。
 それも無理はないことだ。少女であるというのは、そういうことなのだから。むしろ一生のうちで一番美しくなる時期だと言ってもいい。
 魅力的な、蜜のように甘い少女たち。
 その少女たちにおいて、【胸囲】というものは、非常に大きなウェイトを占めている。
 たとえ、見せる相手がほとんど同性だとしても――否。同性だからこそ、そこには隔絶たる壁がある。1センチの差が明暗を分け、1ミリの差が生死を別つ。そこには誤魔化す余地もなく、真実だけがどっかと居座っている。


 それはここ、紅魔館においても例外はない。


 紅魔館においては、一ヶ月に一度とあるイベントが行われる。
 従者同士の親睦を深めるための研修会だ。各部署の仕事の連携や反省会を行うと同時に、普段中々顔を合わすことのない部署の者たちと仲良くなるのが最大の目的だ。紅魔館ほど広い屋敷にもなれば、当然人間関係の問題も多発する。そういった【重大な些事】という矛盾したものを解決するための、合同研修会だった。
 もちろん、主たる吸血鬼とその妹、そして客人は参加していない。実質イベントを取り仕切っているのは、メイド長たる十六夜 咲夜、そして門番を務める紅 美鈴の二人だ。その下に悪魔やらメイドやらが続くのだが、正確な数は誰も覚えていない。曖昧さが通る土地なのだ。
 研修会最大の目玉は、風呂である。
 全員で入る風呂。そこは無礼講であり、同時に裸の付き合いという最も重要な付き合いをするためのものだ。
 というわけで今、紅魔館の――メイド長により拡大されている――風呂には、百に届くかのような裸体があった。詳しく描写した場合、発禁を受けるために断念させていただく。ただしその場にガガーリンがいれば、思わず感嘆の吐息と共に「地球は肌色だった」と漏らしただろう。もっとも次の瞬間にはナイフを刺されて蹴り出されるだろうが。
 未だ毛も生えない少女たちの裸体は、染み一つない芸術品だった。艶のある肌に皺はなく、どこまでも生気に満ちている。指の先にまで少女の聖性が点ったかのような立ち振る舞い。普段服の下に慎み深く隠されているものが、今は惜しげもなく披露されている。同性だけ、かつ百人という状況において、ある種の興奮状態にあるらしい。ほとんどのものが顔を赤くしていたが、タオルで隠そうとするものはいなかった。むしろ、ある種のリラックスした状態にあったと言ってもいいだろう。
 ようするに、自然なのだ。
 人は生まれたときは裸であり、死ねば肉の鎧を捨てて裸になる。人間とは根源的に裸体であるべきなのだ――そういわんばかりの光景だった。ここにいる少女たちの大半は人間でないとしても。
 だからこそ美しいのかもしれない――とは、口が裂けてもいえない。
 人間にして、最も美しい少女がいるのだから。
 ざわ、ざわ、と波のように広がる少女たちの会話。その中心にいるのは、二人の少女だ。

 人間――十六夜 咲夜。
 妖怪――紅 美鈴。

 容姿実力ともに、その二人が今この場では主役だった。残る少女たちは、いつの間にかその二人を取り囲むようにして立っている。百対の視線が、二人の少女へと注がれている。
 肌色に銀の髪が美しく映える咲夜の体は、猫のように引き締まっている。無駄というものが一片たりとも存在しない体だった。地面に対して垂直な胸板の中ほどに、小さな赤い花が二つささやかに咲いている。
 一方の紅 美鈴は、隣に立つ咲夜とは対照的だった。二の腕、太腿、そして胸は、母性的なふくよかさで満ちていた。太いわけではないが、しっかりと肉がついている。少女という際どい時期を抜け、女性という安定した時期に入りかけているような、そんな体だった。二つの大きな丘は垂れることなく自己を主張している。
 対照的なのは、体だけではない。
 二人の表情もまた――皮肉なことに、対照的だった。
 お互いが、お互いの胸を見ている。横目で。その結果、苦虫を噛み潰したような顔と、隠しきれない喜色が滲む顔になる。
「ねえ、美鈴?」
「なんでしょう、咲夜さん?」
 咲夜が問い、美鈴が答える。意味のない、わずかなやりとり。
 だが――百人の少女たちは見た。
 その瞬間、二人の間に火花が散ることを。
 十六夜 咲夜は美鈴の胸と顔を交互に見て、ふ、と鼻を鳴らし、ナイフのように直接的な言葉を放った。
「大きいわね、胸」
 美鈴はう、とひるみ、それでもカウンターを決める武道家のような気迫で答えた。
「そんな! 咲夜さんこそ、“立派”ですよ!」
 心のそこから――のように聞こえる――美鈴の言葉に、咲夜の眉が動く。
 唇が、三日月状に吊りあがった。
 一瞬、その笑顔を見て美鈴はあらぬ想像をしてしまう。咲夜の口がパカリと開き、咲夜スマイルと共に、口の中からナイフが飛んでくるのではないか――そんな、馬鹿馬鹿しくも突拍子もない想像だ。
 想像は、想像で終わった。
 口から出てきたのは――ナイフよりも鋭い言葉だった。
「あと何年で」そう言って咲夜は視線をちらりと下に向け、「垂れるかしら?」
 美鈴は身体中から気合を集め、口から命と共に言葉を返す。
「私ならともかく――たとえ永遠を操れても、咲夜さんなら大丈夫ですよ」
 永遠に十六夜 咲夜の胸が出ることはないのだ、と美鈴は暗に言う。
 咲夜の笑みが濃くなり、その瞬間に空気に放電するのをメイドたちは見た。強い意志は世界法則すらまげてしまうらしい。
 そそくさと身体を洗いつつ――こっそりと二人の様子を窺う――メイドや悪魔たちに、二人は目も向けない。
 二人が眼にしているのはお互いだけであり、お互いの胸だけだ。
「悪魔の胸って感じですよね」
 美鈴がひきつった笑みと共に言う。
「褒め言葉と受け取るわ」
 咲夜が答える。さっきから笑みは変わらない、それが余計に美鈴を追い詰める。
「貴方の胸は――肉ね。西行寺の亡霊あたりにあげたら喜ばれるわよ」
「う゛」
 その光景を想像してしまったのか、美鈴が呻く。頭の中でこぶとり爺さんのように片方の胸を引き千切ったのだろう。シュールすぎて、笑うに笑えない。
 それでも、美鈴は笑った。
 美鈴は笑って――

「咲夜さぁぁぁぁぁぁぁぁあん!」

 ついに、折れた。
 先ほどまでの気丈さはどこへやら。一転眉は八の字になり、今にも泣きそうな顔で裸のまま咲夜に詰め寄る。揺れ動きながら迫る胸を咲夜はちらりと見て、

 ――くすり、と笑い飛ばした。

「はしたないわね――瀟洒じゃないわよ」
「そんなぁ、そりゃ、そりゃですね、」美鈴は鼻をずずずずずぞとすすり、「咲夜さんみたいな立派な胸の人にはわからないでしょうけど、私だって、こんな、こんなの」
「仕方ないわよ」
 すぐ側、肌が触れるほど側に寄った美鈴の肩にぽんと手をおき、咲夜は微笑みと共に答える。
「個人差だから、仕方がないわ。大人しく受け入れない。大丈夫、いつか小さくなるわよ――主に死んだら」
「ううう……私、死ぬまで大きいままですか」
「それはそうよ」
 そう言って、咲夜は優しげな、それでいて誇らしげな笑みを浮かべて答えた。
「大きくすることはできるけど、小さくすることはできない。当たり前の話よ。なら――」
 そこで言葉を切り、百人のメイドと門番に届くような、瀟洒な声で咲夜は言う。



「――貧乳の方が素晴らしいに決まってるでしょう?」




 はい! と、百人の少女が答え、門番は大きな胸をかかえたまましくしくとすすり泣いた。
 合掌。




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◆あとがき◆

 まず最初に謝辞すべきは、我々が長きに渡り大いなる間違いを犯していたということである。紅魔館従属の十六夜 咲夜嬢が貧乳であることはかねてから広く知られているが、その優劣において、同館門番である紅美鈴氏と胸囲において比べられることが多々行われてきた。物事に優劣をつけるのは人間の特性であり、それを否定する気は毛頭ない。だが、待って欲しい。そもそも誰が、その優劣を決めたというのだろう? 現在に至るまで東方界隈並びにその他界隈では巨乳は貧乳に勝るという定説があるが、これはかの米国による洗脳製作だと考えざるを得ない。日本人は遥かなる昔から慎ましきを美とする民族であったはずではないか。我が物顔で主張するものよりも、控えめに慎ましく内に秘めたものを愛する。これは【侘び】にも通じる概念であり、秘してこそ華、という言葉が現在にも残るほどだ。同様の概念としてチラリズムという単語が存在するが、これもそもそもが隠すことを前提にしている。見せることを前提にしているかの国とは相対する概念であり、これこそが日本の美であると言わざるを得ない。例としては、京の都に伝わる芸者遊びの一つに帯を巻き取るというものがある。これは決して裸を見ようという魂胆ではなく、脱がせていく過程を楽しむ非常に高尚な遊びである。このような文化を忘れ、片手で脱がせられる下着などを気軽に頒布した世界に、私は涙を禁じえない。手間と暇を愛することができた日本人はどこへいったのか。話が逸れてしまったので戻させていただこう。結論から述べさせていただくと、こと日本においては、小さな胸の方が優れているということである。慎ましさ、美しさからいっても議論の余地はないと思うが、幾つか補足させていただこう。胸とは脂肪の塊であり、生まれ出た赤子へと大切な乳を与えるための期間である。子供が吸いやすいよう、出産と同時に胸が膨れることを考えれば、その大きさを否定することはできない。だが、少し待ってほしい。東方とは少女たちの弾幕遊びであり、そこに結婚、性交、出産などの出来事が入る余地はない。あくまでも彼女たちは少女であり、少女としての胸には必要性がないのである。それどころか、空気抵抗を考慮にいれ、また、全身との統合性を考えた場合、むしろ胸は邪魔だと断じてもよいだろう。二つの重みを抱えてたたかうのは並大抵の労苦ではないし、激しく動けば形も崩れてしまう。幻想たる少女聖を保持する点からみても、巨大な胸は不必要なものである。巨乳が好きなら太ればいい、という格言があるが、筆者はその通りだと強く思う。少女とは、その耳にミツバチのささやきが聞こえるほどに、余計なものをそぎ落とした美しい存在であるべきなのだ。単純に、ごく単純に体脂肪率でいうのならば乳があればあるほどその率は増加し、体に余分な贅肉を付けることになる。極寒の血で栄養源とするのならばともかく、平時においてそれが役に立つことはない。むしろ移動のたびに不規則に揺れる胸は瀟洒さにかけるとすらいえる。数学的美しさが皆無だ。そう、貧乳は、美しい。あの有名な少女リッキィは「大きくなったらお嫁さんにしてね」と言ったが、彼が本物ならば「今すぐ結婚しよう」というべきなのだ。それが法制度に反するとしても、世界から美という真理を守るためならば、いかほども躊躇う必要があろうか? いや、ないと反覆表現を使わせていただこう。以下、永遠すら追いつかないほどにあとがきが続く。






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