1 | 輝きを君に、宝石を貴方に |
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必要なの小さな箱。手に乗るくらいの小さくて綺麗な箱。 それさえあれば、世界で一番綺麗な宝石が手に入る。 † † † 雨が降り続いている。 梅雨の時期とはいえ、こうも長く続けば鬱陶しいことこの上ない。紅魔の館の吸血鬼の仕業かとも思ったが、雨の色が紅に染まるわけもなく、ごく普通の自然現象だ。もう一週間もすれば、長い梅雨も終わるだろう。 もっとも――少女である霧雨 魔理沙にとっては、一週間は永遠にも等しいけれど。 一週間も待て、というのは、永遠に待て、といわれているのとそう大差ない。今この瞬間が雨で憂鬱なのであり、一週間後に晴れると分かっていても、今がどうなるかわけではない。一秒先は遠い未来であり、一秒前は取り戻しようもない過去なのだ。 今この一秒だけが、現実。 一瞬が、すべて。 そんなわけで、家でじっとしているだけで不快感はたまっていった。この雨では弾幕遊びでパーっといく、というわけにもいかないだろう。大抵の妖怪や人間は雨宿りをしているだろうし、この雨の中弾幕遊びなどすれば間違いなく風邪をひく。風邪で寝込んで起きたら梅雨が終わっていました――ではいかにも間抜けすぎる。 「あー……暇だぜ」 ごろりと、ベッドの上に身を放り投げて魔理沙は呟いた。天井で反射した声は、誰もいない部屋の中をしばらく跳ね回り、やがて外の雨音に掻き消された。 ざぁ、ざぁと、外の雨は絶え間なく降り注いでいる。強くなる気配はないが、降り止む気配もまたない。緩急の変化なく続く雨音は、どこか子守唄のようにも聞こえた。 このまま眠れたらさぞかし気分がいいだろう、と魔理沙は思う。 ふかふかのベッドに横たわって、パジャマに着替えもせずに昼間から眠りにつく。雨音を子守唄代わりにして、誰にも起こされることなく、雨がやむまでごろごろと過ごす。 それでもいい気がした。 すでに数日間惰眠を貪り、ごろごろすることにすら飽きてきていなければ、だが。 退屈が人を殺すかどうかは知らないが、このままでは頭からキノコが生えてくることだけは確かだろう。 「あー……あー……」 無意味に口から声を出しつつ、肺の中に溜まっていた空気をゆっくりと吐き出す。吸いなおした空気は、多分に水気を含んでいる気がした。 ごろりと転がり、魔理沙はうつ伏せになった。枕にあごを乗せ、膝を立てた足をぷらぷらと揺らす。スカートがめくれているが、誰も見ていないので気にしない。このまま寝たらシワになるな――とぼんやりと考えるが、着替えるのも面倒くさい。 いっそ本当に寝てしまおうかとも思うが、悲しいことに、少しも眠くなかった。 むしろ、寝すぎたせいで身体が痛い。思い切り運動したかった。 しばらくの間魔理沙は、何も言わず、何もせず、何も考えずに脚を揺らしていた。外の雨は変わることなく振り続けている。雲の向こうでは太陽がゆっくり動いているのだろうが、窓の外から見えるのは薄暗い雲に覆われた空だけだ。 ふぁぁあ、と大欠伸をした。脚を動かすの面倒になり、ベッドの上にぱたんと伸ばす。 無言のまま、永遠に続きそうな一分が過ぎた。 「あーやめやめ! 腐って仕方がないぜ!」 唐突に。まったく前触れなく、魔理沙はそう叫んで身を起こした。ベッドのスプリングが勢いよく軋む。ベッドの上で膝立ちになり、力一杯に飛び跳ねる。 床に着地すると同時に、どん、と大きな音がなる。自分を鼓舞させるために魔理沙はわざとどすどすどすと足音を立て、帽子掛けに掛けてあった三角帽子を引っつかんで深くかぶった。 「こんなことしてるからだれてくるんだ、動け私、私動け!」 ばたばたばた、と大きく足音を立てて部屋を横断し、戸口の側にかけてあった箒を掴む。片手でくるりと回り、部屋の中で跨った。 宙に浮かび、戸を蹴り開けた。 ばたんと開いた扉の向こうは雨の幻想郷。梅雨の湿気が、開いた扉から一気に入り込んでくる。 その外目掛けて。 「見切り発進――行くぜっ!」 力強く叫んで、魔理沙は一気に飛び出した。風も雨も湿気も切り裂く速度で空へと跳び出る。巻く風にひかれて扉が無理やり閉められ、その家すらもあっという間に遠くなる。 魔力をまとって飛べば、そう濡れることはない。ブレイジングスターの応用のようなものだ。それでも完全に払うことはできないのか、服はゆっくりと濡れていく。 いつまでも飛んでいるわけにはいかないことは、魔理沙にも分かっていた。けれど――久しぶりに思い切り飛ぶのは、濡れることを引き換えにしても、心地のよいものだった。風を切り裂く感触が心に力を与えてくれる。 いつも以上の活気に満ちた速度で、魔理沙は雨の幻想郷を飛ぶ。 人形遣いの家へか。 巫女のいる神社へか。 古道具屋か。 どこへ行くか悩んで――答えが出る前に、魔理沙は到着した。 紅魔の館へと。 雨の中、門番が傘をさして立っているのが見えた。濡れないのは羨ましいが、傘をさしているせいで上がまったく見えていない。魔理沙は高くを跳び、紅美鈴と門を軽々と飛び越えて紅魔館へと忍び込む。 屋根があるところにきても、箒を降りない。 この空間が微妙に狂った館では、いつ弾幕を放つメイドや悪魔が襲ってくるとも知れないからだ。 が、連日続く雨のせいなのか――紅魔館の中は、いつになく活気がなかった。紅霧事件の時は、太陽が見えないことをこれと幸いと騒いでいたものだが、今日は人っ子一人姿を見せない。 静かだった。 遠くから雨の音が聞こえるだけで、中の音は全くしない。逆に雨の音が静かさを際立てているほどだった。 箒の速度を落とす。ゆるやかに、流れるようにして魔理沙は進む。魔力をはるのは止めたが、警戒だけは止めない。いつでもトップスピードに乗れるようにしつつ、あたりをみながら紅い館を進む。 長い長い、赤い絨毯の敷かれた廊下を、魔理沙はふよふよと漂った。 ザァ、と、遠くから雨の音が聞こえる。内部が入り組んでいるせいで、どこから聞こえてくるのかよく分からない。どこからでも聞こえてくる気がしたし、どこからも聞こえないような気もした。 「…………」 どことなく不審なものを感じる。 同時に――その不審さを楽しみにしている自分がいることに、魔理沙は気付いていた。 不審ということは、相手が何かを企んでいるということだ。それが何であれ、退屈しのぎの遊びにはなる。紅魔館の中でなら、弾幕遊びをしても雨に濡れることはない。思う存分に身体を動かすことができる。 だからこそ、紅魔館のある方角へと飛び出したのかもしれない。 箒の柄をぎゅっと握りしめる魔理沙の顔に笑みが浮かぶ。くるならこい――そんな不敵な笑みだった。 少しだけ速度をあげて、魔理沙は奥を目指す。突き当たりに扉が見える。その先にあるのは、ありとあらゆる叡智が集まると自負していた図書館がある。 パチュリー・ノーレッジの居る、図書館がある。 柄を掴む手にさらに力がこもる。身体から洩れた魔力が、停滞した空気との摩擦で薄く光り出す。空気中の湿気が蒸発して細く長い煙をひく。 「――お邪魔するぜ!」 体当たりでもするかのように、魔理沙は扉を破った。 そして、その先に――自分自身の姿を見た。 「……へ?」 思わず間抜けな声が洩れる。目の前にいた『自分自身』も、間抜けな顔をさらしていた。 扉の先には、パチュリー・ノーレッジはいなかった。膨大な数の本も、小悪魔も、弾幕も、埃をおびた空気も、吸血鬼も、何もなかった。 その代わりに、霧雨 魔理沙がいた。 扉の正面には魔理沙がいた。斜め上にも魔理沙がいた。右横を見れば魔理沙がいて、左を向いても魔理沙がいた。上を見上げれば、上から見下ろしてくる魔理沙がいた。下も同様だった。後ろを振り返れば、入ってきた扉は消えて、そこにも魔理沙がいた。 そこは――図書館ではなかった。 鏡に覆われた部屋だった。 鏡に閉じこめられた部屋だった。 それを理解した瞬間、魔理沙の顔に再度笑みが浮かぶ。上下左右の魔理沙たちも、本物と同じように、愉快そうな笑みを浮かべる。 総ての魔理沙が、同時に叫んだ。 「それが――どうした!」 そして、すべての魔理沙が、一斉に手から魔法を放ち―――――――――――――――― † † † 「……これでよろしかったのですか?」 図書室の最奥。安楽椅子に座り、満足げに箱を覗き込むパチュリー・ノーレッジに向かって、十六夜 咲夜は自信なさげに問うた。 頼まれ事はいつも通り、迅速に済ませた。 それがどうして、主の客人、パチュリーの上機嫌に繋がるのか、咲夜にはいまいち分からなかった。 咲夜がしたことといえば、門番に魔理沙を見逃させ、図書館へと繋がる廊下の警備をすべて退けるように命令しただけだ。 それと、もう一つ。 「ええ、上出来よ」 嬉しそうにパチュリーは言う。さっきから手で弄んでいるのは、小さな箱だ。 パチュリーに頼まれて、咲夜が香霖堂で買ってきた箱。その箱の内側には――鏡が張られている。 鏡面仕立ての箱。 もっとも、それは内部のことで、外から見ればただの小箱にしか過ぎない。それのどこが面白いのか、咲夜には分からなかった。 分からないといえば―― 「あの黒白はどこに行ったんですか?」 半ば分かっていたが、咲夜は口にだして問うた。気になっていたのだ。 侵入者の霧雨 魔理沙が、図書館へと繋がる扉を開けた途端、消えていなくなったのだから。 パチュリーは咲夜を見ようともせず、箱にだけ意識を払いながら応えた。 「時間と空間を操れる貴方なら分かるでしょう?」そう言って、パチュリーは箱を掲げ、「扉が箱の中に繋がっているのよ。一方通行だけれど」 小さな箱を見て、咲夜は納得する。魔理沙が消えた理由は納得ができた。実際には消えたのではなく、移動しただけなのだ。空間を広げて紅魔館を見かけ以上の広さにしている咲夜にしてみれば、わざわざ教えてもらうまでもないことだった。 なのに何故訊いたのかといえば、それ以上のことが分からなかったからだ。 即ち、 「どうしてです?」 どうしてそんなことをしたのか、と咲夜は問う。 わざわざそんなことをしないで、普通に弾幕あそびで追い返せばよかっただろうに。そのネズミ捕りのような罠も、永久に続くものではないだろう。 質問の意図を察して、パチュリーは微笑みながら、箱を咲夜へと差し出した。 「梅雨の間の暇つぶし――気分転換」 言葉を聞きながら、咲夜は受け取った箱をくるくると手の中で回してみた。蓋はない。どこかが開くようにも見えない。 代わりに、小さな穴が開いているのに気付いた。 「これですか?」 咲夜が問うと、パチュリーは無言で頷いた。少しばかり咲夜は考え込み、その穴に瞳を添える。 目を見開いて、箱の中を覗き込んだ。 ――世界一美しい光景が、そこにはあった。 「……へぇ……」 意図せず感嘆の声が洩れた。素の、何の飾り立てもしていない十六夜咲夜としての驚き。 それも無理もないことだった。 外見からは無骨なただの箱にしか見えないそれの中身は、想像できないほどに美しいものだったからだ。 穴が一つしかない箱の中は、当然の如く暗い。光が差し込まないのだから当たり前のことだった。 その暗闇の中に――光の花が咲いていた。 外からの灯りではなく。 中からの灯火で、箱の中は光り輝いていた。赤、橙、黄色、青、黄緑、緑、紫。そして、白く眩い輝き。色取り取りの美しい光が箱の中で乱舞している。 光の洪水が、そこにあった。 宝石のような輝きが跳びまわっている。鏡に映った光が鏡に映り、乱反射を繰り返しながら輝きを増している。光に光にぶつかることで新たな輝きが生まれている。 その中心にいるのは、黒と白の魔法使いだ。 彼女が必死で魔法を遣い、スペルカードを唱えるたびに、箱の中はより一層美しいものになる。 あまりの美しさに、咲夜は目を離せなかった。そして、最初からつけていなかった方、残った片目でパチュリーを見る。 箱に魅入られた咲夜を見て、パチュリーは楽しそうに笑っていた。 笑ったまま、彼女は告げる。 「綺麗でしょう? その万華鏡」 宝石のように美しい一瞬が、箱の中には閉じこめられている。 |
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