1 おいおいちょっと待てよ、穴で女だなんて卑猥すぎだぜジョージ!
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   ◆ 語るに ◆


『穴女です。祝いをするので神社に集まってください』

「…………」
 従者である十六夜 咲夜から手渡された書文を見て、紅魔館の主たるレミリア・スカーレットはおもわず眉根を寄せた。筆で書かれた文字、というものに馴染みがなかったせいもあるが、なによりも書かれていた文章が不可解だったからだ。
 穴女。
 なんだそれは、と思う。
「咲夜」
「はい」
 名前を呼ばれても、咲夜は冷静に返事をするだけだった。後ろ控えているこの従者はレミリアと同じように文字を読んだはずなのに、表情一つ変えなかった。従者の鏡というべきなのか。単にあまりにもの理解不明の文章に頭が凍っているのかもしれない。
「穴女――って何かしら」
「…………」
 首を傾げた。表情はわずかにしか変わらないが、その微妙な差異で咲夜が『穴女』のことを知らないとレミリアにはわかった。五百年とは言わないが、長い時間を側で過ごしていればそれくらいの変化は判るようになる。
 紅魔館。主の部屋にいるのは、レミリアと咲夜だけだ。実の妹は地下に監禁されているし、友人の魔女は本から離れようとしない。門番は門の前にいて、メイドたちは役立たず。結局、侵入者でもこない限りは、部屋に集まるのは二人だけだった。
 窓の外に見えるのは月。深夜極まりないが、吸血鬼にとってはこの時間こそが活動時間だ。
「咲夜は、知ってるかしら」
 知らないだろう、と判っていても再度尋ねたのは、あまりにも『穴女』なるものが何なのか想像もつかなかったからだ。咲夜もそれは同じなのか、「いえ――生憎と、私の知識には」と申し訳無さそうに頭を下げるだけだった。
 ――穴女。
 なんだそれは、と思う。そして考えてる。『穴女』について。情報が一切ない以上、想像してみるしかない。
 穴女――文字を解体して考えてみるのならば、『穴』と『女』になる。二つ繋げて穴女。
 穴。
 女。
 女。
 穴。
「女には――」
「お嬢さま、はしたないですよ」
 言いかけたレミリアの言葉を、咲夜が横から遮った。主が何を言おうとしたのか、直前で察したのだろう。従者として当然の仕事ではあるが、思いついたくだらない冗句を遮られて、レミリアは若干機嫌を悪そうにする。
 が、すぐに思い直した。実際に口に出してしまったほうが、よっぽど恥かしい思いをしただろう。沈黙と静寂を想像しただけで、穴があったら潜りたい気分になる。
 ――穴。
「穴女、ねえ……」
 心を入れ替えて、もう一度文面を読む。
『穴女です。祝いをするので神社に集まってください』
 何度見ても穴女以外には見えない。穿った見方をすれば「ウハ女」になるが、ウハ女なる変態よりはまだ穴女のほうがマシに思える。どう考えてもウハ女といえば、ハワイでサンバカーニバルを踊っている女のイメージがあるからだ。
「とりあえず、ひとつひとつ考えていきましょうか」
「そうですね、お嬢さま」
 咲夜が一も二もなく追従した。穴女の正体がわからない以上、わかるところから考えていき、正体を突き詰める――というのは推理の常套手段であるからだ。
 まずは、とレミリアは前置き、
「差出人――は穴女ね。この手紙、どこにあったの?」
「門に挟まっていたのを、紅 美鈴が見つけたそうです」
「つまり、穴女は正体不明なのね」
 いい度胸してるじゃない、とレミリアは心中で笑う。誰にも――門番にも――気付かれることなく紅魔館に忍び寄り、影も形もつかませずに手紙だけを残していく。
 挑戦だ。
 これは――紅魔館への挑戦なのだ。レミリアはそう解釈し、不敵な笑みを顔に浮かべた。
「穴女は」レミリアの笑いを見て取り、咲夜が言葉を紡ぐ。「何が目的なのでしょう」
「祝い、と書いてあるけれど、信じらないわね」
 レミリアは持っていた手紙をひらひらと動かしながら、
「どちらかといえば――『呪い』、じゃないかしら? それらは同じものだと、知識人に聞いたことがあるわよ」
 レミリアの言葉は正しい。本来祝いと呪いは同一のものなのだ。捉える相手によって意味が変わるだけで、根源的な行為は同じところからきている。
 それを踏まえた上で謎の手紙を読み解くと、こういうことになる。

『我が名は穴女! 貴様に呪いをかけてやる! 臆病者でないのならば神社へ来るがいい!』

 かなりレミリアの意訳が入っているが、だいたいそんなところだ。
 つまりは、
「私に対する挑戦状――というわけね」
 そういうことに他ならなかった。
 戦気が湧いてきた。あの巫女にこてんぱんにやられて以来、いまいちぱっとしなかったのは事実だ。鬼の騒動に至っては『その他大勢』に混ぜられていた節がある。名誉を挽回し、汚名を返上するのにまたとない機会だった。
 この穴女とやらをヤれば――次回の主役は間違いない!
 そんな打算的な思考があったかどうか。ともかく、レミリアは過去に見たことのないほどやる気に満ちていた。強敵が出るほど燃え上がるので、案外少年漫画体質なのかもしれない。青春っぽく夕陽に向かって駆け出したらほぼ確実に死ぬけれども。
 が、打算的な思考をめぐらせたのはレミリアだけではなかったらしい。
「いいえ、お嬢さま」きらり、と。何時の間にやら、咲夜の手にはナイフが握られていた。銀の刃が微かな光を反射して、ぎらぎらと輝いている。「私に対する、ではありません。私達に対する、この紅魔館への――挑戦です」
「ふん、わかってるわね咲夜。永夜再び、といったところかしら」
「ええ、お嬢さま。その通りです。ただし今度は――」
「ええ、今度は――」
 まだ見ぬ穴女なる敵を前に、咲夜とレミリアの笑いが重なり合った。


「――――神社へ殴り込みね」






   ◆ 落ちる ◆


「今年も平和な出だしだわ……」
 縁側に座った博麗 霊夢は、部屋の壁にかけられた日付帳に目をやってほうとため息を吐いた。つい数時間前にかけた、新しい年の日付帳。一月一日の夜は静かで、新年の始まりとしては十分過ぎるものだった。
「出だしって……まだ陽もあけてないぜ」
 部屋の中でごろごろしている魔理沙が、眠そうな声で呟いた。年越しソバを食いミカンを食い餅を食ったせいで一歩も動くことができない。ぷっくりと膨れた腹を幸せそうに撫でていた。
 正月である。
 とりあえずは平和な正月だった。
 豚か牛のように転がる魔理沙を呆れたように見つつ、
「陽があける前からきたのはどこの誰よ」
「仕方がないだろ――変な手紙がきたんだから」
 魔理沙は懐へと手をいれ、一枚の紙を取り出した。そこにはこう書かれている。
『穴女です。祝いをするので神社に集まってください』
 レミリア・スカーレットのもとへときた手紙と、まったく同一のものだった。
 紙切れの端を指でつかみ、ひらひらと動かしながら魔理沙は言う。
「穴女の見物に飛んできたのに……どこにもいなかったぜ」
「…………」
 は? という顔を霊夢はした。馬鹿にしているわけではない。理解できなかった、という顔だ。
 しかたなく魔理沙はもう一度繰り返した。
「穴女はどこだって聞いたんだよ。霊夢、神社のことだからお前なら知ってるだろ」
「……。あのねえ――」
 魔理沙の言葉に、霊夢は深々とため息をついた。深すぎて、新年からマントルのあたりまで沈んでしまいそうなため息だった。
 ため息と共に、霊夢は言う。
「その手紙を出したのは、私よ私」
「なんだって! 霊夢が穴女だったのか!?」
「違うわよ! ――いい、穴女っていうのは、正月のことなの」
「…………」
 へ? という顔を霊夢はした。馬鹿にしているわけではない。馬鹿なだけなのだ。もとい、霊夢が何を言っているのかわからなかったのだ。
 ウーパールーパーのような顔をする魔理沙に、霊夢はしぶしぶといった風に説明を続けた。
「厳密には違うんだけれどね――『契丹小字』っていう言葉があるんだけど、その文字で『正月』を書くと『穴女』そっくりになるの」
「……『正』が『穴』で、『月』が『女』?」
 半信半疑で呟く魔理沙に、そういうことねと霊夢は頷いた。
「香霖堂でいつものように霖之助さんに話を聞いて、面白いから使ってみたのよ。一年の始まりとしては、面白い趣向でしょう?」
「…………」
 返す言葉はなかった。
 霊夢の言葉を踏まえた上で謎の手紙を読み解くと、こういうことになる。

『正月です。神社でお祝いをしましょう』

 なんとも味気ないが、神社、お祝い、正月と繋がれば説明の要らない話だ。
 つまりは、
「ようするに……宴会のお誘い?」
「そういうことよ。あんたが早く来過ぎたから何もないだけよ――ついでだから手伝いなさいな」
「…………」
 再び沈黙。
 魔理沙は恐る恐る、霊夢に問う。
「……あのさ、ひょっとして霊夢……」
「なによ」
「私以外にも、同じ手紙を……?」
 戦々恐々と問われた霊夢は、あっさりと「それがどうしたの」と返した。
 質問を発した魔理沙はもう何を言うこともできなかった。背筋がぞくぞくするのがわかる。考えてみれば、当たり前のことだのだ。魔理沙でさえ、なぜ神社にきたのかといえば――『穴女』と弾幕遊びをするためである。見つからなかったからこうしてのんびりしているものの、もし本当に『穴女』がいれば、迷わず弾幕を放っていたはずだ。
 ――ましてや、血気盛んなほかの連中ならば。
「霊夢、」
 今すぐ帰らせてもらうぜ。
 そう言おうとした。
 言えなかったのは――魔理沙が口を開くとほぼ同時に。

「穴女はどこ! ――神槍『スピア・ザ・グングニル』!」
「グラ……もといデフレーションワールド!」
「妖夢、私たちが次の主役よ――死符『ギャストリドリーム』!」
「はい幽々子様! 食らえ穴女、待宵反射衛星斬!」
「ぽっと出に出番を渡すわけにはいかないわ――神宝『蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-』」
「その通りです、次回は月面編なのですから――薬符、『壺中の大銀河』」

 次回作での自機・主役を狙うものたちの色鮮やかな弾幕が、我先にとばかりに神社に直撃した。彼女たちだけではない。あとからあとから現れる妖怪たちは、まだ見ぬ妖怪『穴女』がいるあたり――おもに神社――を目掛けて弾幕とスペルカードをはなっていく。不意打ちに近い大攻勢に霊夢も魔理沙も何もできない。
 弾幕の雨は、新年から止む気配を見せずに降り続けたのだった。



 ――一刻後。


 後に残ったのは、クレーターの如く大穴があいた元神社跡と、怒り狂う巫女によって穴埋めにされた妖怪たちだけだった。
 合掌。
 








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↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。


慣用句
上白沢 慧音「穴女がいたら掘りたい」




だがこの世に飢餓と貧困があるかぎり、博麗 霊夢は何度でも蘇るだろう。


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