1 | 世にも美しい声 |
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箱の中から、「助けて」と少女の声がした。 その声が、あまりにも綺麗な声だったので、助けてあげようと霖之助は思った。 † † † 「香霖、またヘンなもん拾ったのか?」 店に来るなり、黒白の魔女・霧雨 魔理沙は呆れたようにそう呟いた。開いた扉を閉めることさえせずに、視線は店の片隅に固定されている。 魔理沙の視線の先にあるのは、やたらと大きな箱だった。 人の背よりもなお大きい。鉄で出来ていてやたらとゴツい。珍品にあふれる香霖堂内においてなお、異色な存在感を放っている。 こんなものがあったら、くる客もこなくなるんじゃないか――と魔理沙は思ったが、すぐに心中で訂正した。そもそも、香霖堂に客など滅多に訪れないからだ。 「ヘンなもの、とは失礼な。これもまた立派な売り物だよ」 少し拗ねたように霖之助が言う。自分では気に入っている品物を、『ヘン』呼ばわりされたからだろう。 が、魔理沙からしてみれば、この店にあるものでヘンでないものなど何もない。とくに、奥で座布団に腰掛ける店主がとびきりの珍品だ。人里遠い森の奥で古道具屋をやるのは、変人か変態のどちらかであり、魔理沙の知る限り霖之助はその両方に当てはまっていた。 「売り物? 本当に売るのか? 香霖がまともに商売をしてるところを見たことないぜ」 「魔理沙が今すぐ何かを買ってくれれば、それで商売になるよ」 「それは御免だぜ――で、これは?」 扉を後ろ手で閉め、魔理沙は箱の前に立つ。 デカい。 そして物物しい。 ある種の不吉さすら感じされる。 呪われていてもおかしくない。 前に立つだけで冷や汗が出てくる。 たとえ立派な売り物だとしても、こんなものを買うのはいない――と魔理沙は思う。 「いい品だろう」 その魔理沙の横顔を見ながら、霖之助はどこか嬉々として言った。心の底からこれを『いい』と思っているらしい。 魔理沙は箱を見つつ、 「……どの辺りが?」 霖之助は「ふむ」と頷き、 「『声』、かな」 「声ぇ?」 裏返った声を吐きつつ、魔理沙は霖之助を顧みた。店主の顔は真顔そのもので、嘘や冗談を言っている雰囲気はない。 霖之助は、本気で「声が素晴らしい」と言っているのだ。 魔理沙は眉根を寄せ、もう一度箱を見、霖之助の真顔と見比べ、次いでその箱がしゃべり出すのを想像してみる。 ――シュール極まりなかった。 笑い出しそうになるのを堪えて、魔理沙は訝しげな声で、 「声、ね……声?」 そう言いながら、箱に触れた。 その瞬間。 「――助けてくれませんか?」 本当に、声がした。 鉄の箱から――少女の、声が響いた。 「う、うひゃああわわわわぁぁぁああっ!?」 完全に予想外の出来事に魔理沙は慌てふためいた。弾幕を受けてもこうはいくまいという勢いで跳び退り、転びそうになるのを堪え、脱兎のごとく霖之助の後ろへ隠れた。 箱はもう一度、「助けてくれませんか?」と言った。 静かな夜に響くピアノのような――高く、心地のいい声だった。 「喋ったぜ……」 呆れた顔の霖之助の背から鉄の箱を恐る恐る覗く。箱は動いてはいない。 突然箱の真ん中に巨大な口が生まれ喋りたてる――ということはない。声は、あくまでも箱の中から聞こえてきた。 「だから言っただろう、喋るって」 「声がいいとしか言ってないぜ」 「喋らないで声がいいと分かるのかい?」 「ああもう揚げ足を取るなあ!」 照れ隠しに霖之助の背中をばしんと叩き、魔理沙は立ち上がって箱に近寄る。 先よりもゆっくりと、先よりも慎重に。 触れてみると、どこか温かい――はずもなかった。箱は冷たい鉄で、中にいる人間の温もりなど、伝えてはこなかった。 「……いるのか?」 小さく問いかけてみると、再び箱から返事がくる。「はい」、という上品な肯定と共に、 「お願いです、出してくれませんか」 そう、魔理沙に懇願してきた。 魔理沙は少し黙って考え込み、肩から振り返って香霖を見遣り、 「これもまた曰くつきの一品?」 「曰くつきの逸品だね」 「発音が違うぜ……開かないとか、そういうのか? 呪われた品?」 「まぁ、そんなところだね」 霖之助が頷く。その素っ気のない口調に、魔理沙は逆に興味をそそられた。 同時に考えてみる。中に何が入っているのかを。こんな箱の中に入っているモノだ、ろくでもないものには違いない。 そもそも箱は完全に閉まりきっていて、その中でずっと生きられるのならば――少女は、当然人間ではないことになる。 が、普通の魔法使いこと霧雨 魔理沙は、そのくらいのことで驚くような人間ではなかった。 好奇心の塊である魔理沙は、先の驚きも何とやら、嬉しそうに笑いながら箱に手をかける。 「――出して欲しい?」 一応尋ねると、返事はすぐに来た。 「お願い――します」 その言葉に、魔理沙は「よっしゃ」と意気込んで、箱に手をかけた。 もとより、開くとは思っていなかった。箱には鎖も鍵もなかったが、呪われているか何かで開かないのだろうと決め付けていた。 だからそれは、単なる『開かない』ことの確認作業でしかなかった。 ――が。 ぎぎぎ、と重苦しい音を立てて、箱は、あっさりとその蓋を左右に開けた。 「――――あれ?」 予想外の反応に魔理沙は首を傾げつつも、開いた箱の中身をのぞき込み、 「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――?」 今度こそ、絶句した。 箱は開いた。 けれども――中には、何もなかった。 いや、あるにはあった。左右に開いた蓋の内側と、箱の奥には、赤黒い染みのついた棘がびっしりと生えていた。それは中に入ったものを殺すためとしか思えないもので――赤く錆びたものが何であるのか、魔理沙はすぐには思い当たらなかった。 それに思いついた瞬間、魔理沙の全身が総毛立った。 「――――ッ!」 明確な危機意識を持って魔理沙は箱から跳び退る。 箱は。 人よりもはるかに大きい、鉄で出来た――鋼鉄で出来た、中に棘をびっしりと生やした箱は。 鋼鉄の処女は、その空洞の中身を魔理沙にさらけ出して。 「助けて――ください」 美しい声で、そう懇願した。 † † † 「つまり、どういうことなんだ?」 翌日。気分を落ち着かせるために一度家に戻り、気を取り直してもう一度香霖堂にやってきた魔理沙は、お茶を呑みながら霖之助にそう尋ねた。ちなみにお茶は、勝手に取り出したものである。 昨日あけたはずの箱は、今はきっちりと閉じていた。その物騒な中身は、箱の中へと隠されている。 「つまり、こういうことだよ」 霖之助は人差し指を立て、教師のように魔理沙に説明する。 「箱の中身が声を上げていたんじゃない――箱そのものに意識があるんだ」 その言葉に、魔理沙は帽子を深くかぶりなおす。 「……香霖が言っていた意味、ようやく分かったぜ」 そして茶をすすり、魔理沙は付け加える。 「香霖。お前、分かっててああ答えただろ」 「さあね」 霖之助はとぼけるが、魔理沙には分かっていた。 『そんなところだね』と霖之助は曖昧に答えた。それはわざとぼかした答え方をすることで魔理沙の興味をひかせ――驚かせるための方法だったのだと。 それが分かっているからこそ、一番高級のお茶を魔理沙は引っ張り出したのだ。 「意地悪な奴だぜ――んで、アレはどうするんだよ?」 巨大な箱を顎でさして、魔理沙は問う。 出して、と美しい声は言った。 だが――それは、箱から出すというよりは、成仏というイメージに近い。箱そのものに意識があるのか、箱の中でかつて犠牲になった魂が残っているのかは知らないが、出すのは容易ではないだろう。 が、霖之助は平然と答える。 「どうもしない」 「……へ?」 「言っただろう、よい声だって。しばらくは接客でもしてもらうことにした」 その言葉に重なるように、からん、と音を立てて香霖堂の扉が開く。 訪れた客めがけて、珍しいことに接客の声がかかった。 「――いらっしゃいませ――」 その声は、静かな夜になるピアノのように、美しい声だった。 |
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