1 | ちょっとそっとキスする! |
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そうして、目が覚めた。 「う――――……」 天井の模様を見ながら、メリーが低く唸るような声をあげた。怪獣の赤ん坊が生まれたかのような声は、六畳一間の小さな部屋の壁に反響して消えていく。だというのに、頭の中ではいつまでもがんがんがんと反響していた。自分自身の声が、両耳の間でキャッチボールをしている。 頭が痛い。 頭以外も色々痛い。 二日酔い、だった。完膚なきまでに二日酔い。昨夜に――正確に言えば早朝まで――飲んでいたお酒が跡を引いている。 そもそも、思い出してみれば。 いつ寝たのかすら、記憶になかった。 いつの間にか、寝入っていた。 「うー……?」 もう一度呻いて、メリーは身体を起こそうとした。生憎と月や星を見ただけで時間がわかるような便利な瞳は持っていないので、部屋のどこかに落ちているであろう時計を探そうとしたのだ。 が。 「ぅー……」 起き上がりかけて、すぐに断念した。身体を起こそうという上下運動をまっさきに脳が拒否した。起き上がるのすら困難で、メリーは再びぼすんと枕に顔を埋める。 枕に、埋めたつもりだった。 「んぃ……?」 ぼすん。 埋めた顔の感触が、いつもと違った。枕よりも固くて、厚みがある感触。それでいて不愉快ではない感触。今まで自分がソレに抱きついて寝ていたことにメリーはようやく思い至る。 ――枕じゃない。 恐る恐る、 自分が抱き枕のようにして寝ていたものを、見た。 「………………」 案の定――予想していた通りに――それは枕ではなかった。 何か。 言うまでもなく、考えるまでもなく、秘封倶楽部のもう一人、月と星を見て時間と場所を知る少女、そして今は酔っ払った挙句にそのまま枕を抱えるようにして寝てしまった少女。 宇佐見 蓮子だった。 「蓮子……」 あんまりといえばあんまりな姿を見て、メリーはがっくりと頭を垂らす。枕を抱き枕にする蓮子を抱き枕にしていた――そんなことが些細に思えるくらいに、今の蓮子はあんまりだった。 朝まで酒を飲んで、そのままベッドに突っ伏すように寝たのだろう。 スカートが皺だらけになっていた。 靴下を片方だけはいていた。 シャツのボタンが全て空いていて、ネクタイが首に直接巻いてあった。 一言で言えば、酷い。 思わず涙がちょちょぎれてしまうくらいに酷かった。 「うう……一応年頃なのよね貴方……」 未だ幸せそうな顔をして寝続ける蓮子に、何気に失礼な台詞を吐きながらメリーは涙をぬぐう振りをした。勿論誰も見ていない。誰も見てないのにわざわざそんなことをするのが、蓮子曰く「メリーらしいわね」ということなのだろう、きっと。 とはいえ―― よく見れば、自分もあんまり他人のことをとやかく言えないことにメリーは気付く。服装のだらしなさで言えば蓮子とそう大差ない。むしろスカートが最初っから脱げている分だけ酷いのかもしれない。 「……ま、皺にならなくて良かったわ」 ちょっぴり自分を誤魔化すようにポジティブな言葉を吐いて、メリーはふたたび蓮子の背中に顎を乗せるようにして倒れた。 起き上がりたくなかった。 ベッドの横に転がる酒瓶はもっと見たくなかった。 できれば、ずっとこのままでいたかった。 眠気があったわけじゃない。 二日酔いが酷いから、だけじゃない。 ただ、 このままずっと、 互いの体温を感じたまま、 止まったような時間の中を、蓮子といたかった。 「…………」 とはいえ。 「…………暇ね」 眠気は完全に消えていて、二度寝する気はおきなかった。起きて何かをしようにも、身体を動かすのさえ億劫だった。起き上がればがんがんと頭が痛むし、ベッドの上で出来ることなどそうなかった。 ――いっそ、蓮子を叩き起こそうかしら? 物騒なことを考えるが、すぐに却下する。もし今の蓮子を叩き起こしでもしたら、十倍にして叩き返された挙句にこの格好のまま部屋の外へと追い出されるに違いない。蓮子はやるといったらやるのだ――その恐ろしさを、メリーは秘封倶楽部の長くも短い活動の中でイヤというほどに思い知っていた。 叩き起こしたら、酷い目にあう。 「――じゃあ、叩かなきゃいいのよね」 素敵な発想転換だった。 素敵すぎた。 意気揚々とメリーは動き出した。頭痛も気だるさも、一度やると決めてしまえば気にならなかった。 起き上がることはできない。 だから、起き上がらないままに。 いもむしのようにもぞもぞと動いて、背から背骨を辿るようにして、蓮子の首筋まで這い上がり、 「〜〜♪」 抱きつくようにして、首の裏にキスをした。 啄ばむようなキス。 ちぅ、という吸い付くような音と共に、蓮子の首筋に赤い痕がつく。それでもメリーは唇を離さず、ちぅぅぅぅぅ、とそのままにすい続ける。 吸血鬼もかくやの活躍だった。 実に十秒――たっぷりと十秒吸い付いて、すぽん、とメリーの唇が離れた。唇の先から、かすかに唾液が糸を引いて――重力にひかれるように垂れ、シーツにかすかなシミをつけた。 そして、 蓮子の首には、紅い花が咲いていた。 「起きないわね……」 起きなかった。 音が鳴るくらいに思い切り吸い付いたというのに、蓮子は起きる気配も見えなかった。寝言すらいわない。冬眠にはいった熊のように、枕を抱き抱えて丸くなったままに身じろぎもしなかった。 面白くない、とメリーは思う。 ――もっと吃驚飛び起きるかと思ったのに…… 無反応、というのは一番つまらない。寝返り程度でもいいから、なにか反応がほしかった。 「…………」 ちょっと、意地になった。 「ん、」 もう一度、蓮子の首筋に唇をつける。先の吸い付くようなつけ方ではない。そっと触れるかのような、優しいキス。唇の先に、蓮子の肌がある。かすかに汗のにおいと――蓮子のにおいがした。覆いかぶさるような姿勢になっているため、触れたところから体温が伝わってくる。 小さくて、 暖かかった。 「ん、ん――……」 触れた唇の間から舌を出して、蓮子の肌を微かに舐める。 少し、しょっぱかった。 舌先を出したまま、 つぅ、と。 背骨にそうようにして、唇を下ろしていく。ぬらぬらと輝く唾液の線が蓮子の首筋に痕をつける。ナメクジが肌の上を這ったかのように。 蓮子は起きない。 メリーは止まらない。 はだけていたシャツの隙間を通すように、肩甲骨の辺りまで唇は下降する。それ以上下がれなくなったところで、もう一度、メリーは唇を強く吸った。 ちぅ、と音が鳴る。 肌に、唇が吸い付く音。 桜の花のような痕が、背中につく。 一つでは――終わらない。 唇を離す。唾液の線がつく。それを拭うこともせずに、メリーは再度口をつける。止まらない。止めない。唇を離し、ずらし、再びキスをする。止まらない。止めない。止めることができない。キスをして、キスをして、キスをして―― ――桜の森の満開のように。 気付けば、蓮子の背には、幾つもの花びらが浮いていた。 西行法師もかくやという有様だった。 「……やりすぎたかしら?」 ――まあ、背中は見えないからいいわよね。 そんな物騒なことを再び考えて、メリーは一度もぞもぞと身を離す。さすがにこれだけすれば何かしらは反応があるかと思ったのだが、蓮子は微塵も反応しな――否。 寝返りを打った。 ちょっとした反応だった。 幸せそうな蓮子の寝顔が正面にくる。はだけた前からは、「それ、本当に必要なのかしら?」と起きているときにいったら殺されそうな感じの下着がつけられていた。本当に殺されるので、もちろん絶対に言わない。 そして、 シャツはだけているということは、 当然のように、 ――おへそが見えていた。 「…………」 抱えている枕は、抱枕ではなく普通の枕で、前面をすべて隠すほどの大きさはない。 ずりおちかけたスカートと、微かに見えるショーツの上に、小さくて可愛いおへそがあった。 「――――」 やらない手は――――――ありはしなかった。 メリーの顔に、邪悪と純粋さをミキサーでどろどろに混ぜて杵でついたかのような満面の笑顔が浮かぶ。 止めない。 止める気はなく、止める人はおらず、止める理由はなかった。 そろり、 そろりと、 メリーは、そっと、 蓮子のおへそへと、唇をつけて―――――――― ぷぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。 「ひあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」 思い切り息を吹き込むと同時に、跳ね起きた蓮子の悲鳴が町内中にと響き渡ったのだった。 (了) |
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