1 | ベリー・メリー・レプラコーン |
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00 | どこに向かっているのと彼女が訪ねた。 どこに向かっているのか、メリー自身にもよく分からなかった。 ただ、空に浮かんだ満月が綺麗だったから、月を目指していると答えた。 なぜそう答えたのかは、メリー自身にもよく分からなかった。 ただ――星は無限で、月は独りで。 その姿が、マエリベリー・ハーンにとっては、とても美しいものに感じたのだ。 意味のない、理由のない言葉に、彼女は。 蓮子は、驚くことも嘲ることもなく、「そう」と答えた。 その何気ない答えが嬉しくて。ただ嬉しくて。 メリーは微笑んで、「今日は月見をしましょう」と誘った。 ――ベリー・メリー・レプラコーン―― 月は墓穴だらけだった。 月面に存在する、無数を越え無限に近付きそうな数のクレーター。 大きさも様々。形も様々。 ただただ、何もない月面に、ぽっかりと穴が開いているだけだ。 その穴の一つ一つが、違う世界に通じているような気がして、メリーは微笑んでしまう。 想像してみると、それは中々に愉快な光景だった。 ウサギが穴に落ちる。 そして、月のウサギとなって、穴から出てくるのだ。 不思議の国のアリスに出てくる時計ウサギも、穴に飛び込んだ。 その穴が――月面に繋がっていたら。 少女アリスは、トランプの兵隊の代わりに、火星人と手を繋いだだろう。 ドジスン先生が、もしもロケット工学を専攻していたら。 黄金色の河でのお話が、もしも月星輝く夜ならば。 アリスはきっと、宇宙にいったに違いない。 月でウサギと餅をついたに違いない。 地球なんて捨てて、月よりもさらに果て、世界の彼方へと行ったことだろう。 メリーは、そんなことを思わずにはいられなかった。 なぜならば―― 「メリー! メリー! あれは何よ?」 楽しそうに笑いながら、蓮子が月を指差す。 指が示すのは、二人の先に浮かぶ、丸い月。 「月よ、もちろん」 メリーは自信満々に答えるが、蓮子は「違う違う」と腕を振り、 「私が言ってるのはそういうことじゃないのよ。あれが何に見えるかって、そういう話」 なんだ、そういうことね――メリーは頷いて、 「火炙りになったウサギ」 「……何、その悪趣味な答えは?」 「見えない……かしら?」 「見えないわね、全然」 無惨で無常な蓮子の意見。 なら貴方はどうなのよ、という視線で蓮子を見ると、彼女は空を見上げて、 「懐中時計に見えるわね」 なんて、あっさりと嘯いた。 「蓮子。そう見えるのは、貴方だけだと思うわよ」 「ウサギが餅をついてるように見えるのも、誰か一人だけかもしれないわね。あとの人は、皆信じているだけで」 「それは面白い想像ね」 皮肉ではなく、メリーは素直に頷いた。蓮子の言葉を噛み砕けば、それは確かに『面白い』ことだった。 月にウサギが見えているのではなくて。 誰かがウサギに見えるといったから、皆ウサギが見えると思い込んでいるのだと、蓮子は言うのだ。 それは深く考えるまでもなくある種の皮肉で――だからこそ、蓮子らしかった。 メリーが微笑んだのは、その『らしさ』が、とても蓮子らしいと思ったからだ。 空を見上げれば満月。 遠く離れた月には、不思議な影絵が踊っている。 三十八万の距離を隔てた、不思議な世界。 誰もが見知っているけれど、だれも到達していない、本当の月。 メリーと蓮子は今、手をつないで、そこを目指して歩いている。 否――目指してすら、ないのかもしれない。 二人はただ、手を繋いで歩いているだけで。 二人の視線の先に、ただ月があるだけで。 月に辿り着くことなく、ただ追いかけているだけなのかもしれない。 それでも悪くない――メリーがそう思うのは、月があまりにも綺麗で。 「……。メリー、何、その顔?」 「別に。なんでもないのよ」 隣に、蓮子がいるからなのだろう。 秘封倶楽部。 オカルトサークルというよりは、不思議の世界を覗き見るサークル。 おどろおどろしいものばかりではない――たまにはこんな、静かな夜があっても悪くは無い。 月と蓮子を見比べて、メリーはそう思うのだ。 「ねぇメリー。人間は月にたどり着けると思う?」 「きっともうたどり着いてるわよ」 「…………?」 首を傾げる蓮子に、メリーは笑って、 「猿の惑星、よ」 「……。そういう悪趣味で、意味のない言葉遊びって、メリー好きよね」 「それは褒められてるのかしら? それとも――」 「聞かぬが華、という言葉をあげるわ、メリー」 「聞かぬは一時の恥、じゃ駄目なの?」 「それはまた、まったく意味が違う別の言葉よ」 蓮子はため息を吐いて、仰々しく肩をすくめた。 わざとらしいその仕草が、妙に様になっていて、メリーはまた笑ってしまう。 笑む口元を隠すメリーを見つめ、蓮子も苦笑する。 「なぜ月に行きたがるのかしら?」 「少なくともコンビニに行くよりはロマンがあるからでしょうね」 「なぜロマンを求めるのかしら?」 「ロマンくらいしか、求めるものが残ってないからね」 蓮子の答えに、メリーはくすくすと笑って、 「物が多すぎるのね?」 「いいえ、者が多すぎるのよ、きっと」 「価値観の多様性?」 「地球は狭くなってない。人の心が狭くなったのよ」 「でも蓮子。心の中は、どこまでも広がってるわよ?」 「そこを見るのが怖くて、外ばかり見てるから――窮屈になるのよ」 「でも、見られるのが好きな人が多いのは?」 「それこそ猫よ、箱の中の猫」 「最後に残った一人は、誰が見てくれるの?」 「きっと月が見てくれるわよ」 そこで言葉をきって、蓮子は月へと手を振った。一拍遅れて、メリーも同じように手を振る。 何の意味もない行動。月が手を振り替えしてくることも、挨拶をしてくることもない。 けれども、意味のないことをする意味は、きっとあるのだ。 本人がそう願うかぎり。 「月は遠いわね」 「隣の人の心と、どちらが遠いかしら?」 答えを期待したわけではなかった。 ただの独り言のようなものだった。 けれど――隣を歩く蓮子は、メリーの言葉に応えた。 言葉ではなく、行動で。 まるで距離などないかとでも言うように、より強く握ったのだ。 手から伝わる、蓮子の温もり。 メリーは少しだけ目を丸くして――それから、蓮子と同じように。 手を、強く握り返した。 自分の思いが蓮子に届けばいい、そう願いながら。 メリーは何も言わずに笑う。 蓮子も黙ったまま、笑う。 繋いだ手はわずかに温もりを伝えてきて、それだけで、どんな場所へでもメリーは行けるような気がした。 そう――たとえそこが、月であったとしても。 二人ならば。 秘封倶楽部ならば、軽々行けるのではないか――メリーは、そう思うのだ。 「ねぇ、蓮子」 「なによメリー」 「月。綺麗ね」 それは、何の意味もない、素直な感想で。 嘘偽りのない、メリーの本音だった。 たとえ空に浮かぶあの月が、恐ろしい狂気だとしても―― 蓮子と視るのならば、それは楽しい月見でしかない。 そう思うのだ。 そう思える自分が、メリーは少しだけ好きだった。 「そうね。怖いくらいに綺麗な月」 蓮子が、手を繋いだまま空を見上げて答えた。 メリーも、同じように、空を見上げる。 いや―― それは、空ではなかったのかもしれない。 そもそも、メリーには、今、ここがどこなのか――そしてそこがどこなのか、よくわからなかった。 蓮子に聞けばわかったのかもしれないけれど、聞こうとは思わなかった。 今日は月見。 それ以外のことは、全て些事だ。 そう。 たとえ開いた襖の向こうに、大きすぎる月が見えるとしても――それは、些事なのだ。 繋いだ手と、月の美しさが、今は全て。 「本当に――綺麗ね」 独り言のように呟いて、メリーは手を繋いだまま、ゆっくりと歩く。 どこまでも続くかのような、月にまで続くかのような道を。 畳と障子と襖と板床で出来た、月へと続く坂道を。 日本家屋の無限階段を、メリーと蓮子は、どこまでも進む。 襖の向こうには、不思議なほどに近く、宇宙がある。 その向こうには月。 その周りでは――常に動き続ける、無数の星の輝きがある。 まるで、常に星が生まれでているかのように、大小彩様々な星が流れている。 普通の宙ではあり得ない、幻想的な光景。 そんなものが普通の空ではないことを蓮子は気付いているし、 空に浮かぶ月が、『本物』だということをメリーは見えている。 だからこそ――空と月はどこまでも美しく。 秘封倶楽部の月見は、どこまでも幻想的だった。 (了) |
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↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑ ◆あとがき◆ 月へと昇る階段。 けれど、その単語はおかしい。 空にあるのは天だけで。 人の身のまま、行こうとする者はいない。 だからきっと、彼女たちにとって、その階段は。 月へと堕りる階段なのだろう。 BGM 夜が昇りだす(High Power Beat ver.).........END タ |
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