1 そして何もなくなった。
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「……どうすんのよ、これ?」

 夜闇の中、足元を見下ろしてチルノが言う。

「どうしよう?」

 リグルが背後にある樹にもたれかかる。

「どーなのかー?」

 膝を抱えるようにしてしゃがみこみ、少しだけお尻を浮かせたルーミアが首を傾げる。
 三人の位置は、ちょうど二等辺三角形を描いていた。座るルーミアを頂点に、少し離れた場所にチルノとリグルがいる。
 辺りは暗い。
 夜だからというだけでなく、彼女たちが居るそこが森の中だからだ。夏の陽を浴びて青々と茂る葉が、月明かりを隠してしまっている。
 村明かりは遠く、森の奥まで光は届かない。
 闇夜に生きる妖怪・ルーミアはこの暗さが心地よいのか、身体から闇を出すこともなく幸せそうに笑っている。
 困ったような顔をしているのは、チルノとリグルだけだ。
 二人が困る原因のそれを、ルーミアは指先でちょん、と突く。突いた場所が柔らかくへこんだ。生暖かいゴムのような感触にルーミアは驚き、自分の二の腕を突いてみる。
 感触の違いが面白いのか、ルーミアは幾度となくその行為を繰り返した。

「巫女に怒られるわよ」

 チルノの声は苦みを帯びている。やってしまった――と後悔する色が濃厚だった。
 対照的に、ルーミアは明るい声で、

「鴉の新聞記者がもっとやれって言ってたよ?」
「あんたねえ、そりゃブンヤはあたしたちと同じ妖怪だからよ! 巫女は人なの、人!」
「人に見えないくらい怖いけどさ」

 ぽつりと呟いたリグルの言葉に、チルノだけではなく、ルーミアの顔までが蒼く染まった。
 三人とも、過去に巫女――霊夢と弾幕あそびをしたことがある。当然のようにボロ負け。今にいたるまで、一度として勝ったことがない。
 弾幕あそびだからいいものの、本気になった巫女に追い掛け回されたいとは、誰も思わなかった。

「と、とにかく!」チルノは腰に手を当てて胸を張り、「巫女にばれなきゃいいんでしょ!?」
「巫女とか魔法使いとか幽霊剣士にバレなきゃいいんじゃないかな、きっと」

 リグルの言葉はため息混じりだ。どうして私がこんなことを、と暗に言っているのだが、チルノもルーミアも聞きやしない。そもそも原因はリグルにもあるので、それ以上は強く言えない。
 こうなった原因は、三人全員にある。
 まず、チルノがリグルにケンカを売った。たあいもない弾幕あそびだ、ケンカの理由など二人ともすでに忘れている。
 放たれた弾幕をリグルは避け、目標を失った弾幕は蛇行しながら、通りかかったルーミアにぶつかった。
 怒ったルーミアは弾幕をうちかえし、チルノはケンカを売り返されたとばかりにやり返し、リグルはその両方に弾幕を放った。
 あとは完全な三つ巴。ばらまかれた弾幕が闇夜の彼方に跳んでいき、スペルカードが地面をえぐり、破裂音が夜の森を賑やかに揺らした。
 三人の妖怪――もっともチルノは妖精だが――が一気に弾幕あそびをすると、さすがに凄いものがあった。
 いつまでも続くような弾幕あそびは、決していつまでも続きはしなかった。
『う』という呻き声と共に終わったのだ。
 うめき声の主は、リグルでも、ルーミアでも、チルノでもなかった。
 森の上で争う妖怪たちを見つけ、逃げようとした人間の男のものだった。
 逃げようとして、男は逃げ切れなかった。背中に、誰が放ったのか分からない弾幕がぶつかったからだ。
 麻の服が破け、皮と肉がはじけ、むき出しになった背骨が中ほどからぽきりと折れた。

 そして今、三人は、くの字に折れ曲がった男の死体を見下ろしている。

 ルーミアが突いていたのは、動かなくなった死体の腕だ。
 血の匂いを嗅ぎつけた動物たちが集まってくる。が、自分たちよりも数倍強い妖怪少女たちを前にして、近寄ることができなかった。遠巻きに死体を見つめ、じっとおこぼれを待っている。
 集まり始めた動物たちを気にもせずに少女たちは喋る。

「そもそもさ、なんでこんなところに人がいるの?」

 もっともと言えばもっともなリグルの質問に、チルノは短く「知らない」と答えた。

「人のことなんて、知るわけないじゃない」
「弾幕だすかなー?」とルーミア。死体の手首を持ち、ぶらんぶらんと動かしている。太い男の指が反動で揺れた。「ほんとに人かなあ?」
「人以外なら、何だって言うのよ」

 呆れるようなチルノに、リグルがぽつりと答えた。

「――妖怪とか」

 その言葉に、三人はそろって沈黙し、男の死体を見た。
 無精ひげの生えた、精悍そうな男。ごくありふれた村人の格好。腰のすこし上あたりからぱっくりと身体が折れている。
 弾幕を出すようにも、突然動き出すようにも見えない。
 どこをどう見ても、ごく普通の、人間だった。
 なにか特徴があるとすれば、手に、紫と緑の交じり合った柄の風呂敷を持っていることくらいだ。
 真っ先に気づいたのはルーミアだった。そこそこに膨らんだ風呂敷を指差し、

「これ、なに?」
「決まってるじゃない、風呂敷よ。あたいにだってそれくらいは分かるわよ」
「そうじゃなくて、なにが入ってるのかな?」
「そんなこと、あたいが知るわけないじゃない」
「開けてみれば?」

 幹から背を離し、ルーミアと死体に近づきながらリグルが言った。ルーミアの傍に立ち、リグルは男が手にもった風呂敷包みをまじまじと見つめる。

「なにか入ってるみたいだし」
「そうしよー」

 好奇心をくすぐられたチルノが近寄ってくる。
 三人に見守られて、風呂敷が開いた。
 中に隠されていたものが、夜闇のもとに暴かれる。
 風呂敷の中に入っていたのは、ピンからキリまで様々だった。変てこなお面、木造の玩具、掛け軸、裁縫袋、それから小さくて丸くて透明で綺麗な石が幾つか。
 全員の意見を代表したかのように、チルノが言う。

「なによこれ?」

 チルノの呟きに誰も答えない。リグルは必死に考え、ルーミアはまったく考えずに丸い石を指先で弾く。
 きれいな球体をした石は、はじかれた勢いのままに、森の彼方へと転がっていった。
 石が転がっていった方を、ルーミアは名残惜しげに見つめている。その間にもリグルは考え続け、ようやく思いついた言葉を口にした。

「分かった、あれだよ、ほら、――ドロボウ」
「ドロボウって何?」

 顔を上げ、リグルを見てルーミアが訊ねる。リグルは「う、」と言葉につまり、説明の仕方が思いつかず悩みこむ。
 隣に立つチルノが、そんなこともわからないの、と前置き、

「あの黒白の仲間ってことよ!」
「そーなのかー」
「そう、それよ。私もそう言いたかったの」
「ほら! ね、つまり、この男は黒白の……黒白の、仲間?」

 何気なく言った言葉に、チルノの顔がこわばる。その意味に気づき、遅れてルーミアとリグルも同じような顔になる。苦痛を堪えているかのような、逃げたがっているかのような顔に。
 ――仲間。
 仲間とは、普通は大切なものだろう。いくら普通でない黒白の魔法使いとはいえ、それは変わらないに違いない。仲間に手を出したことがバレれば、黒白は大激怒するだろう。
 そのことに思い至り、全員の顔が青を通り越して白くなる。
 巫女も恐ろしいが魔法使いも恐ろしい。この世は恐ろしいものだらけだ。
 怖いものベスト10に入りそうな魔理沙の顔を思い浮かべ、三人は思わず顔を見合わせ、お互いの顔が白いことを確認した。

「どどど、ど、どうするの!?」
「あたいに聞かれてもわからないわよ!」

 半分泣きそうなリグルに、これまた泣きそうなチルノが怒鳴る。
 なにも思いつかないルーミアは「うー」と唸りながら頭を抱えた。
 三人寄れば文殊の知恵というが、この場合は寄っても寄らなくても大した差はなかった。リグルはうろたえ、チルノは怒り、ルーミアが困る。一向に名案が飛び出る気配はない。三人寄れば姦しい、の方が適切なたとえだった。
 散々悩んだ果てに、名案とは言えない案をひねり出したのは、リグルだった。二人の少女に人差し指をつきつけ、これぞ名案、とばかりに短く言う。

「――埋めよう」

 蟲を操る能力を持つ、リグルらしい案だった。ルーミアは一瞬だけ、土の中に眠るカブトムシをほじくり返したときのことを思い出した。突然土の外に出されて、幼虫は何もできずに、もごもごと蠢くばかりだった。結局、途中で飽きてぱくりと食べてしまった。あんまり美味しくなかった――と、脱線しかけたルーミアの思考を遮るように、

「で、誰が穴を掘るのよ?」

 チルノのひと言に、ふたたび沈黙が訪れる。
 弾幕を放てる彼女たちにとって、穴を掘るのはそう難しいことではない。難しいことではないが、面倒なことではある。何より、バレないように穴を掘って、バレないように埋めなければならない。
 考えるだけで面倒な作業だった。

「それはもちろん、」

 リグルの言葉にかぶせるようにして、チルノが異口同音に、

『あんたよね』

 ふたたび沈黙。
 チルノとリグルは顔を見合わせる。その顔はもはや白くも青くもない。相手に責任を押し付けることしか考えていない。

 ――へえ、やるのあんた?

 ――やるのはあんた。私はみるだけ。

 瞳が無言で主張する。ぶつかりあう視線の下、ルーミアは二人を見てはいない。
 じっと、くの字にまがった死体を見ている。
 逆えびに折れ曲がったその身体が、丸まったカブトムシと重なって見えた。
 カブトムシよりは美味しそうだった。
 頭上で起きかけた醜い争いを無視して、ルーミアは死体の腕を掴み、手元へと寄せ、

「あ」

 力の入れ加減を間違えて、肘の辺りからぽっきりと腕が取れた。捻じ切られた断面から血が垂れる。心臓が止まっているせいで勢いはなく、雫が一滴落ちるたびに、地面の血溜まりに混ざってぽちゃんと音を立てた。

「あんた、なにしてるの……?」

 突然の奇行に、チルノが恐る恐る訊ねた。
 ルーミアは取れた腕を見て、次いでチルノとリグルに視線をやり、手にもった腕を掲げて、

「――食べる?」

 二人は同時に答える。

『いらない』
「そーなのかー」

 ルーミアは呟いて、それ以上何を言おうともしなかった。千切れた腕を、二度、三度と角度を変えながらまじまじと観察する。死体の腕は筋肉質で、あまり美味しそうには見えなかった。
 迷ったすえにルーミアは、肉と血管と繊維と骨の断面図がよく見えるよう、切り口を顔の前に持ってくる。リグルとチルノが見守る中、ルーミアは大口を開けて、

「あーんっ」

 思い切り、かぶりついた。
 限界ぎりぎりまで広げた口に、死体の肘が入っていく。 
 マジック・ショーのような光景を、チルノとリグルは身を乗り出して見つめた。もはや死体など見てもいない。今関心があるのは、死体を食べるルーミアだ。
 ルーミアは腕を奥へと詰め込み、当然のように肘の骨が喉の奥にぶつかって、それ以上口に含むことができない。
 口に含んだまま、不明瞭な声でルーミアが言う。

「ひょひひふはひ」

 声は言葉にならず、口から伸びた手がぶらんぶらんと揺れた。
 その光景がおかしくて――チルノが思わず「ぷっ」と息を吹き出した。リグルは口元を押さえ、笑いを堪えるかのようにルーミアから視線を逸らす。
 二人がなぜ笑ったのか分からないルーミアは、肘のあたりを噛み切ろうとして口を閉じ、

「……はへ?」

 限界まで口をあけているせいで、力が入らず、噛み切ることができなかった。肉に歯を立てるのが精一杯だった。
 歯を食い込ませたままルーミアが呟く。

「あへ、ほへはい」

 ルーミアは真剣極まりないが、チルノたちから見れば、口から手が生えた変な妖怪にしか見えない。何かを喋ろうとするたびに、五本の指がふりこのように揺れる。

「わ、ふわ、あへえ?」

 ルーミアが顔を左右に振る。口から生えた腕がぐいんぐいんと揺れる。手首から先が、また別の生き物のようにがくがくと揺れる。

「ぷっ、ふ、あははっ!」
「ルーミ、ルーミア、やめて、おかしっ、ははは!」

 それがおかしくてチルノとリグルは笑い、笑われたことに怒ってルーミアは腕を抜こうとするが、肉に歯が食い込んだせいで簡単には抜けない。抜こうとすれば抜こうとするほど、ルーミアが頑張れば頑張るほど腕は揺れ、そのたびに笑い声は増していく。
 死体のことも、魔理沙に対する恐怖も、完全に明後日の方向へと飛んでいた。

「ひゃははははは! あは、あはは、あはははははっ、ははははははは!」

 チルノはもう堪えきれない。地面をごろごろと転がり、死体の足をばんばんと叩きながら笑い続ける。

「ぷっ、ふふ、ふははははははははっ! お腹、お腹痛、痛い、あはは!」

 リグルも堪えきれず、片手で腹を押さえ、残った手でルーミアを指差して笑い続ける。
 なぜ笑われているのか、ルーミアはまったく分からない。
 分からないが、自然と、ルーミアの頬にも笑いが浮かぶ。楽しそうに笑う二人を見て、自分まで愉快になってきたのだ。口端が笑みに歪み、肉から歯が抜け、死体の腕が地面に落ちる。
 落ちた腕を拾おうともせず、へらへらとルーミアは楽しそうに笑う。
 口の周りを真っ赤にして笑うルーミアを見て、さらにリグルとチルノは大笑いし、ルーミアはついに声をたてて「えへへ」と笑った。
 当初の目的を完全に忘れた少女たちは笑い続ける。
 少女たちは、笑い続け――死体のことなど、すっかり忘れていた。
 弾幕遊びが終わったときのように、少女たちは笑いながら、夜の闇へと飛び去っていく。

 あとには死体と、死体を狙う動物たちがいるだけだ。

 動物は一斉に死体に跳びかかり、その牙で、その爪で、死体を腑分けし食べていく。
 小一時時間が経ち、動物たちがいなくなるころには、死体はもうそこにはない。
 かすかな食べ残しがあるだけだ。
 食べられなかった風呂敷包みと、その中の物が残っただけだ。
 誰もいない。
 何の音もしない。
 血の匂いをかき消すかのように、ひと際強い風が吹く。



 持ち主をなくした宝石が、ころころと闇夜の奥へと転がっていった。






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・あとがきと共に『 それからそれから 』

 闇夜の森を散歩する霖之助のもとに、丸く綺麗な石が転がってきた。
 屈み、手に持ってみると、それが高級な石であることに――いわゆる宝石であることに、霖之助はすぐに気づいた。
 しかるべき所に持っていけば、それなりの価値があるものだ。
 霖之助は、宝石が転がってきた方に目をやる。
 少し破れた風呂敷包みと、散乱する中身があった。
 何が起こったのかは、想像するに容易かった。
 霖之助は近寄り、散らばったものを全て風呂敷に包み、破れた箇所から落ちぬよう幾重にも包んだ。
 そして、それを抱え、己の店へと還り去る。
 血の跡を見向きもしない。


 そして何もなくなった。


↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。



◆あとがき◆






 最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。


 ホラー or  ほのぼの。


 あるいは、幻想郷における特別でないただの一日。









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