1 霧雨 魔理沙は此処にいる。
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 魔法の森の中を、魔理沙と二人で歩く。
 みーん、みーん。
 近くで蝉が鳴いている。魔法の森の中にも蝉はいるのだ。ひょっとしたら、魔法の蝉かもしれない。この魔法の森にいるような生物は、どこか間違っている生物だから。
 みーん、みーん。
 煩いくらいに蝉は鳴いていた。短い命を、燃え尽きようとする命を、すべて声に出すかのように。彼らから漏れ出る命が、そのまま鳴き声に変わったかのように。
 蝉たちの大合唱が、私と、魔理沙の耳に届く。
「アリス、あったか?」
「今探してるわ」
 魔理沙の問いに、私は簡潔に答える。魔理沙はちぇ、と呟いて、再び木々の根元の辺りを探し始めた。
 今日二人で魔法の森にきたのは、魔法の材料に使う、とあるキノコを探すためだった。
 中々生えていない、貴重なキノコだった。魔理沙の魔法に使うのではない。彼女の魔法は、彼女の魔力によって放出される力そのものだ。こうした道具を使うのは、私の方だ。
 貸している本の貸出料よ――そう嘯いて、私は魔理沙を引っぱり出したのだ。
 暑い日だったが、頭上に葉が生い茂っているせいで、そこまで暑いとは感じなかった。
 むしろ、蝉の声の方が気になったくらいだ。
 みーん、みーん。
 幸せそうになく蝉の声を聞きながら、私と魔理沙は、キノコを探し続ける。
 二人で並んで魔法の森を歩く。
 私の横には魔理沙がいる。昨日と同じように。明日と同じように。
 私は横目でちらりと、隣を歩く少女を見る。
 かすかな光を反射して輝く金色の髪。黒い帽子。黒と白の服。白い肌。
 霧雨 魔理沙は此処にいる。
 みーん、みーん。
 けれど、蝉の鳴き声を聞きながら、ふと、こう思うのだ。




 はたして、目の前の少女は、いったい何者なのだろう、と。







        ◆






 ソレを思いついたのは、香霖堂で本を読んでいる最中だった。


 いつのことか、はもう忘れてしまった。ただ、暑い日だったことは覚えている。店の外で、蝉がやかましいくらいに鳴いていたから。
 みーん、みーん、と。
 わずかな短い命を振り絞って、力のかぎり蝉が鳴いていたのをよく覚えている。
 店の中は涼しかった。日陰、という理由もあったけれど、それ以上に店の古い品々が、まるで幽気を出しているように感じたのだ。長い年を経て物以上になった古道具たちが、夜のお墓みたいな気配を出している。そんな風にすら感じた。
 私の人形も、いつか幽気を出すことがあるのだろうか?
 解らない。実際に長い時を経ないことには。私の人形はあくまでも人形で、それ以上でも以下でもない。
 みーん、みーん。
 蝉の声を聞きながら、私は本を読んでいた。香霖堂においてある、古い時代から伝わるであろう本を。魔道書、に近いものはあった。ただ、それは魔法の使い方ではなく、魔法とは何か、を考えるような本だった。呪文書ではなく研究書。その類はあまり読んだことがなかった。そういうものを書くのは、妖怪ではない。妖怪は本能でそれを知る。いちいち研究するのは人間くらいだ。
「興味の湧く本はあったかい」
 店主が、私の方を見ずに言った。その視線は、手持ちの本に注がれている。
 客商売をする気がまったくないらしい。ひょっとしたらアレは店主ではなく、店から一歩もでない客なのかもしれない。
 人が主なのではなく、この物たち、この店自体が主なのかもしれな――
 そんなことを判然と考えながら、私は気のない返事を返した。
「ええ、まあ」
 嘘ではなかった。興味がある本がないわけでもなかった。
 ただ、それを店主に面と向かって言うのは、なんとなくためらわれた。
「気に入ったものがあったら、安くしとくよ」
 店主はそう言うが、怪しいものだ。そもそも、ここにある品に値札など書かれていない。値段はすべて店主の腹次第だ。安くも高くもあるものか。
 そう思ったが、口には出さないことにした。言わぬが花、というやつだ。へたに口を出して値を吊り上げられたらたまらない。幾本かは買うつもりでいたのだから。
 その時、私の目に、とある本が目に入った。
 周りにある古い本とは違う、比較的新しい本。時を経ていない白い装丁だった。触ってみると、感触が違う。紙以外の何かで出来ているようだった。
 手にとってみる。赤い、派手派手しい、センスのかけらもない帯がついていた。
 帯にはこう書いてある――『PCトラブル解決入門! バックアップからOSの再インストールまで、何でも一人で出来ちゃう!』
 何のことか、まったくわからない。
「店主。これは?」
 私は本を店主に掲げて見せた。店主は顔を上げ(よく考えてみれば、店主が顔を上げたのは、店に入ってから二回目だった。一回目は来店したときだから、それからずっと彼は本を読んでいたことになる)、私が掲げて本を見た。
 眼鏡を人差し指でくい、とあげて、本を凝視する。
「それは――ああ、それは、外から流れてきた稀少な本だよ」
「内容は?」
「僕にもよく解らないけれど、ある種の式について書いてあるらしい」
「そう……」
 私は答え、頁をぱらぱらとめくってみた。
 式、という言葉を聞いて思い出すのは、あのスキマ妖怪の使う式たちのことだが、本には狐や猫の挿絵など少しも載っていなかった。代わりに、無機的な物や、図形や、数式が並んでいた。
 専門用語だらけで、何が書いてあるか、あまりわからなかった。
 が、それでも、興味深い内容ではあった。専門用語がわからなくても意味はなんとなくなら解る。魔法に必要なのは応用であり、私が使う魔法は応用と器用さで成り立っている。あの黒白の魔法使いの力押しとも、本に書いてあることをただ試すような魔法使いとも違うのだ。
 私は本を読みながら店主に訊ねた。
「内容がわからないのに、どうして稀少なものだとわかるの?」
「外のものはすべからく稀少なんだよ」
「つまり、高いと」
「そういうことだね」
 なる程、それは真理だ。価値のあるものこそ高く、という市場原理だ。
 そして、私は市場に生きてるつもりはない。
「まあいいわ」
「買うのかい?」
 店主の、かすかに期待に満ちた声を、私はあっさりと裏切った。
「買わないわ。もう中身は大抵覚えたから」
 げ、という呟きを聞いたような気がした。
 振り向いてみると、本に視線を落としたまま、店主が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 幸い、この本は簡単なことを回りくどく長々と書いてあるような本だったので、さっと眼を通すだけでも暗記できたのだ、店主にとってはご愁傷さま、私にとってはラッキー、だ。
 私は本を棚へとしまい、踵を返す。もう店には用はなかった。
 扉を開け、去ろうとする私の背に、店主の声がかかった。
「次こそは買っておくれよ」
「魅力的な品があったら買うわ」
 早く、一刻も早く魔法の森の家へと帰りたかったのだ。
 思いついた理論を試すために。
 頭の中で、ある単語が繰り返し繰り返し響いていた。
 バックアップからOSの再インストールまで。
 バックアップからOSの再インストールまで。
 バックアップからOSの再インストールまで。








          ■







 私、アリス・マーガトロイドは、魔法使いである。
 口の悪い人には大道芸屋などと言われるがもちろん違う。たしかに、私は人形を自由自在に使いこなす。見方によっては芸と見えないこともないだろう。
 しかし、私の目標は人形ではない。人形を使うのは、あくまでも過程に過ぎない。
 魔法を極めるという、永遠に過程が続く人生。その中のさらに一過程が、人形造りだ。
 人形を使っての、多彩で、変化自在な魔法。魔法使いの杖のような、出力デバイス。それが私の人形たちだ。
 しかし――
 アレを試みたことがないといったら嘘になる。
 人形に携わるものなら、誰もが一度は考えるもの。一度は考え、幾度となくためし、そのたびに失敗し、永遠に到達できないのだと諦めること。
『人間の作成』を。
 そんじょそこらの魔法使いとは比べ物にならない腕を持つ私でさえ、それは成功しなかった。出来たのは、私の思考を受けて動くだけの人形たちだけだった。
 それは手足を作っているようなモノだ。人間を作ったわけではない。
 自立思考する、魂を持った人形。
 それを完成させることは、ついぞ私には出来なかった。私にできないということは、きっと他の誰にもできないと私は信じている。
 それに近いものならば、一度見かけた。
 鈴蘭畑の毒人形。命を持ち自分で動く人形。
 しかし――あれもまた、私の目指すものとは違う。ヒントにはなったものの、決定的に異なっている。
 あれは毒だ。毒が命を持った人形だ。人形に詰まった毒が動いているのだ。
 そこには不純物が存在する。魂を持つのは毒であり、人形は器に過ぎない。
 人形が命を持つわけではない。
 空っぽの人形に、毒を詰めて動かしているだけだ。
 人形に命があるわけではない。
 だから、私は毒人形のことを、ほとんど意識していなかった。意識の片隅に追いやっていた。


 その日、香霖堂で、その本を読むまでは。


 みーん、みーん。
 外では蝉がないている。
 短い命を、二度と戻らない命を燃やして、蝉は声高に鳴いている。
 その鳴き声を聞きながら、私は実験を進めた。
 空っぽの人形に、毒を詰めたメディスン・メランコリー。 
 香霖堂の本。バックアップからOSの再インストールまで。
 短い命の蝉。命を燃やし鳴き続ける蝉。
 様々な単語、様々な声、様々な意識。そんなものが私の脳をめぐっていた。混沌の様を見せる私の脳とは裏腹に、手先は全く乱れなしに動いていた。
 人形を作っていた。
 私は、完全に最も近い、人形を作っていた。
 頭の中では単語がひらめく。バックアップからOSの再インストールまで。みーん、みーん。メディスン。毒。人形。バックアップ。みーん。蝉。短い命。人間。香霖堂。再インストール。鈴蘭。毒人形。バックアップ。毒人形。完璧な人間の形。永遠。人形。香霖堂。森近 霖之助。メディスン・メランコリー。蝉。魔法使い。人間。人間の命。蝉の命。OSの再インストール。バックアップ。空っぽの人形。みーん、みーん、みーん。
 手先は動く。
 頭の中にある単語の中に、一つの顔が混ざる。
 私の数少ない知人の一人であり――私にとって代わりの存在しない友人である――霧雨 魔理沙の顔が。
 みーん、みーん。
 蝉が鳴いている。
 蝉たちが、私を見ながら、鳴いているような気がした。








          ■






 結果から言う。
 実験は成功した。
 そして、実験の成果を、私は試さずにはいられなかった。


 試さずには、いられなかったのだ。







          ◆







 そして私は、魔法の森を魔理沙と歩いている。
 キノコを探しながら、あの日と同じくらいに暑い魔法の森の中を、二人で歩いている。
 私の隣には魔理沙がいる。
 魔理沙の隣には私がいる。
 昨日と同じように。
 明日と同じように。
 二人並んで、私たちは歩く。
 みーん、みーん。
 蝉の鳴き声だけが、私たちを見ている。
 きょろきょろと、魔法のキノコを探す魔理沙を見ながら、けれど私は思うのだ。


 はたして、目の前の少女は、いったい何者なのだろう、と。


 魔理沙だ。
 私の大切な友人、黒白の魔法使い、霧雨 魔理沙だ。
 魔法使い――そして『人間』である霧雨 魔理沙だ。
 そのはずだ。
 けれど、私の心の中で、もう一人の私が呟くのだ。
 果たして、本当にそうなのか、と。
 ひょっとしたらもう、違うのではないかと、私の脳裏で、私が囁いてくるのだ。
 みーん、みーん。
 蝉の声に混じって、私の悪魔が囁いてくる。それは私の天使なのかもしれない。どちらでも変わらない。アリス・マーガトロイドの一部であることに違いはない。
 囁いてくるのは、魔法使いとしてのアリス・マーガトロイドだ。そして、私は、霧雨 魔理沙の友人としてアリス・マーガトロイドは、その言葉を必死で否定する。
 それでも、否定できない声が、蝉の声に混じって、私の耳に届くのだ。
 コレは誰だ、と。
 みーん、みーん。
 私は努めて、蝉の声だけを聞いた。

「ん。ひょっとして、これか?」

 だから、その魔理沙の声が、すぐには耳に届かなかった。
 魔理沙の足が止まっていることに、私はようやく気づいた。
 私も足を止めて振り返る。
 魔理沙は、私よりも一メートルほど手前で立ち止まり、自らの足元を覗き込んでいた。
 そこには、キノコが生えていた。
 傘の大きな、紫色のキノコだ。私たちが探していたキノコだった。
 みーん、みーん。
 立ち止まった私たちに、容赦なく蝉の声が降り注ぐ。
 蝉の声の中で、魔理沙は私の方を見て、微笑んだ。
 紅色の唇が、笑いの形を描いて、言葉を吐く。

「良かったな。このまま見つからなかったらどうなるかと思ったぜ」

 魔理沙の笑い。
 蝉の声。
 紫色色のキノコ。
 暑い夏。
 暑い日。
 あの暑い夏の日と同じような、香霖堂であの本を読んだ日のような、暑い暑い夏の昼間。
 頭にふと、あの本の帯に書かれていたことを思い出す。本のタイトルは忘れてしまった。けれど、あの帯に書かれていた一文だけは、私は今も忘れることができない。 
 ――バックアップからOSの再インストールまで。

「別に――」

 口から漏れた言葉は、呟きだった。
 その呟きに一番驚いていたのは、他ならぬ私だった。何を言うつもりもなかった。ただ黙って、まずはキノコを確かめよう、そんなことを頭は考えていた。
 頭で考えた命令に、体は従ってくれなかった。
 魂魄がばらばらになったかのような不安定さ。けれど口だけは、いつもよりの饒舌に動いた。

「別に、どうにもならないわ」
「……アリス?」
「ええ、どうにもならないの。本当はね、見つかっても見つからなくても、変わらないの」

 饒舌に動く口を、止める意志を、私はもう持ち得なかった。
 溜めたダムは、ヒビが入れば、決壊する。そんな当たり前な事実が、ただここにあるだけだった。
 みーん、みーん。
 蝉だけが、私の内情を知ってか知らずか、いつも通りに鳴いている。
 夏の終わり、夏の一番暑い日に、蝉たちは命を振り絞って鳴いている。
 鳴き声が、死にたくない、と言っているように聞こえた。あるいは、見事に死んでみせよう、そう主張しているようにも聞こえた。
 みーん、みーん。
 みーん、みーん。
 みーん、みーん。
 蝉の声に負けない勢いで、私は言葉を続けた。

「何も変わらないの。見つからなくても良かったの。結果は何も変わらないんだから。そうよ、何も変わらないのよ、何もかも、何もかも!」
「アリス?」
「そのキノコを何に使うのか、貴方は知らないはずはないのよ。知ってて考えられないだけ。だって、私がそうしたんだから。知ってたら、貴方はきっと聞くわ。何のために使うのって。そして私は応えるの。そのキノコは、すり潰して溶かして、人形の間接部に塗るのよって。人形の動きをなめらかにするために塗るのよ。それから、さらに薄くして、肌に塗るのよって答えるわ。だって、そうしないと、人の肌に近づけかないんだもの。人形を、人間に見せるために、空っぽの人形を、空っぽの人間にするために、そのキノコは必要なんだもの」
「……アリス、何を言ってるんだ?」

 魔理沙の不思議そうな顔。
 可愛らしい、少女の顔。
 酷いわ。私はそう思った。それが理不尽なことだと解ってはいても、私はそう思わずにはいられなかった。
 酷いわ。いつもいつも、いつまでもいつまでも、そんな顔で私の前に立つのね。
 みーん、みーん。
 みーん、みーん。
 みーん、みーん。
 蝉は鳴く。あの暑い夏の日と同じように。
 もう、百年も昔の、あの香霖堂で聞いたときと同じように、蝉は鳴いている。
 私は――魔理沙の姿をした、魔理沙の性格をした、魔理沙の魂を持った、誰かに言った。



「みんな死んでしまったのに、貴方は、変わらない微笑みを私にくれるのね」



 魔理沙は、少し困ったような、少し悲しいような、少し笑ったような顔のまま。
 ぷつり、と動かなくなった。
 文字通りに――糸の切れた人形のように。
 私の言葉で糸を切られた魔理沙は、力を失って地面に倒れ込み、そのまま動かなくなった。
 張り付いたような微笑みだけが、顔に残っていた。
 眼に光はない。
 死んでいた。
 止まっていた。
 鳴き終えた蝉たちのように。
 一足早く夏を終えてしまったかのように――魔理沙は、動かなくなってしまった。
 感慨はない。何も。
 なぜって、これは、私が、私の意志をもって、私の手でやったのだから。
 さよなら、と言う必要すらない。
 私は黙って、魔理沙に歩み寄った。
 動かなくなった魔理沙を、私は土の中に埋めた。人形の手を使わず、自分の魔法だけを使って、穴を掘った。自分の力だけで穴を掘って、動かない魔理沙をそこに埋めた。
 みーん、みーん。
 蝉が鳴いている。
 私が泣いているかは、解らなかった。だって、泣いている私を見る人は、どこにもいなかったから。
 泣いた私を慰めてくれる魔理沙は、もう、動いていないんだから。
 だからきっと、この頬に伝うのは、汗に違いなかった。
 みーん、みーん。
 蝉が鳴いている。
 来年もきっと鳴くのだろう。
 魔理沙を埋めた土の中で、成虫へと成長して、地上に出て、大きな声で鳴くのだろう。
 鳴き終わったその時に、蝉たちのなきがらは、魔理沙の上に降り積もるのだ。
 そんなことを考えながら、私は踵を返し、魔法の森にある自分の家へと返った。
 魔理沙の方を、振り返りもしなかった。
 みーん、みーん。
 蝉の声だけが、私の背を追ってきた。
 魔理沙の声は、どこにもしなかった。







        ■







 私は家へとたどり着き、扉をくぐり、何をする気力もなく地下室へと入った。
 そこにベッドはない。おびただしい数の研究材料と――研究成果があるだけだ。
 それでも、私にとって心安らげる場所は、ここだった。
 ここには、魔理沙がいる。
 私の目の前には、あの夏の日と変わらない、魔理沙がそこにいる。

「――ねぇ魔理沙」

 眼を瞑る魔理沙に、私は言葉をかける。
 返事はない。
 当たり前だ。返事がないことを解って、私は魔理沙に声をかけたのだから。
 返事を返せるはずはない――無駄な臓器はすべて取り除いているのだから。手足は言うにおよばず、胸の下のあたりまではもう何もない。欠落が何もないのは、首から上くらいだ。
 たとえ培養液に詰まった其処から出たとしても、何も喋ることはできない。
 溶液に満たされた箱の中で、眼をつぶり、眠ったように見える魔理沙の顔を、私は見る。
 年を取ることもなく、永遠に眠り続ける魔理沙の側に、私は座る。
 私と魔理沙の視界に広がる研究室――そこには魔理沙がいた。大勢の魔理沙が。
 いつか魔理沙になる、魔理沙の体たちが、そこにはいた。
 私が作った、魔理沙たちが。
 それは一つの永遠だった。魔法の過程の中に生まれた成果だった。
 
 ――バックアップからOSの再インストールまで。

 魂のない、空っぽの人形を作る。それだけだと動きも何もしない、ただの人の形だ。
 そこに人格を詰める。複製した人格を。霧雨 魔理沙の人格を。
 人形に毒を詰めて動かすように。
 霧雨 魔理沙を象って作った人形に、霧雨 魔理沙の人格を詰める。
 人格の再インストール。
 バックアップしてある魂から、人格を、再インストールする。
 そうして――そこには、霧雨 魔理沙が、できあがる。
 ある一つの永遠の形。
 私がたどり着いた、人形を使う魔法使いが出来る、永遠の実現方法。
 私はそれを思いついてしまった。
 そして――試したのだ。
 試さずにはいられなかった。私は魔法使いであり、魔法使いである以上、試すのが当たり前だ。
 誰に試すか?
 決まってる。蝉のように短い命を持ち、蝉のように強く生きる、私の唯一の友人――霧雨 魔理沙に。
 そうして、魔理沙は永遠となり、私の側にいる。
 昨日もそうだったように。
 明日もそうであるように。
 霧雨 魔理沙は、私の隣にいる。ずっと、ずっと。
 みーん、みーん。
 家の外から、蝉の声が聞こえてくる。
 けれど、私は、こう思わずにはいられない。蝉の声に混じって、私以外の私が、こう囁いてくるのだ。
 魔理沙の姿を形作った人形。
 魔理沙の人格の入った人形。
 魔理沙の魂から出来た人形。
 もう、そこに魔理沙の魂はなく。
 魔理沙の行動をトレースしているだけの、ただの人形ではないのか。
 私は、空っぽの人形に、空っぽの人間に話しかけているだけなのではないか。
 霧雨 魔理沙はとうに死んでいて、私は、私に向かって話しかけているだけではないのか。
 そんな、私の心の奥底から、囁き声が聞こえてくるのだ。
 みーん、みーん。
 外で蝉が鳴いている。
 私はふと思う。あの、永遠亭の主、蓬莱山 輝夜。
 あの子も、同じように思ったのだろうか? 永遠に生と死を繰り返す彼女は、幾度ともなく炎から蘇る彼女を見て、同じように思ったのだろうか? あるいは自分自身が『そう』でないかと思ったことはないのだろうか。
『自分』などとうに死んでいて。ただの現象に成り下がっているのではないのかと。蝉のように短く熱く生き、そして死んだ方が幸せだったのではないのかと、一度として考えたことはないのだろうか?
 私には解らない。
 決して、解ることはないだろう。
 私達は、まだ百年だ。
 これから千年を生きるかもしれない。
 けれど、その時には、彼女たちはさらに千年を生きている。
 私には彼女たちのことは、永遠に解らない。解ろうとも思わない。
 誰が正しくて、誰が狂っているのかなど、誰にもわからないのだから。
 解ることは、解らなくてはいけないことは只一つ。
 私がどうするか。私がどう思うか、それだけだ。
 そして、それは、百年も前から決まっている。
 決まっているのだ。
 みーん、みーん。
 蝉の鳴き声が聞こえる。もうすぐ死に沈む蝉たちの、命の声が。
 その声の中、私は、死ぬこともなく――鳴くこともなくなった魔理沙を、ただじっと見続ける。
 再インストールは後回しだ。
 何もしたくない。
 何も話したくない。
 何処にも行きたくない。
 今はただ、ずっと、こうしていたい。
 ガラス一枚の向こう。培養液の海につかって眠り続ける魔理沙の顔を見ながら、ずっと、ずっとこうしていたい。
 ずっと、永遠に、このままでいたい。
 みーん、みーん、と。
 蝉の鳴き声だけが、静かに、地下室に響いていた。




 構うことはない。 
 迷うことはない。
 何も悲しむことも、悔やむことも、惑うこともない。






 大切なものは、ただ一つ。






 霧雨 魔理沙は此処にいる。 















                                                       (......END?)

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↑作品を面白いと感じた方、押していただければ幸いデス↑
 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。



◆あとがき◆


……最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
異端なのか、それとも王道なのか。アリス・マーガトロイドの純愛話でした。
ああでも、これを愛情というのかどうかは、人次第ですが。
それもまた一つの、或るお終いの形。


作品について。
はありません。
あえて言えば、永遠に悩みながら、悩んでいないふりをして、繰り返すのだろうな、と。
人だろうが妖怪だろうが、悩み続けることには変わりないわけで。
……ああ、でも。
この『魔理沙』はきっと、悩まないのだろうな、とそんな気がします。
アリスは悩み続けるでしょうが、それは幸せ不幸せとは関係ないでしょうし。
どうなんでしょうね、本当に。



最後に。

前回の三月精モノを読んでくださった方、感想をくださった方、本当にありがとうございました。
(それから、あとがきの小ネタに付き合ってくださった方々も)
盛り上がりも、恋愛も、心躍る弾幕遊びもない、特別でない情景のお話し。気に入っていただければ幸いです。
では、また。できることならば近いうちに。


次は、秘封倶楽部の長編か、三月精最後のサニーミルクの『お話しの話』。



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