1 黄金の昼下がり 〜 Along A Long Long River 〜
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 黄金色に流れる川がある。





 高きから低きへ、そして低きからさらに低いところへと、穏やかに流れる川。
 勢いはない。
 川はゆるやかに流れる。なだらかな森の中を、岩清水のような清らかさで流れている。
 水の色は蒼よりも青、青よりも白、白よりも無色、色をこえて透明へ。
 澄んだ川の底が、夏の日差しに照らされてはっきりと見えた。
 黄金色の水ではない。
 森の葉々の隙間からのぞく太陽に照らされて、蜂蜜のように光っているだけだ。
 しぶきがあがるたびに、反射をして、黄金色に輝いている。





 ――それは黄金の昼下がり。





 川の下流、流れが一番穏やかなところには少女がいる。
 水よりも青い服と髪を持つ少女。氷精の少女が、黄金色の光に照らされている。
 普段は薄く青い透明の羽が、いまは黄金色に輝いていた。
 氷精は輝く川を覗き込んでいる。
 何をしている風もない。ただひたすらに、川辺に座り込んで、水面を睨みつけている。
 川の中にいる魚を見てる――のではない。
 氷精は、川の中にいる少女を見ている。
 湖とは違い、川の中には少女がいた。
 青い服を着て、青い髪に青いリボンをつけた、可愛らしい少女である。
 氷精は水の中の少女に手を振る。
 水の中の少女も、同じように手を振り返して来た。
 氷精は頬に手をあて、い――っ、と歯を見せる。
 水の中の少女も、氷精と同じようにい――っ、と歯を見せてきた。
 氷精が小さく首を傾げる。どうして真似をしてくるのかが分からない。
 水の中の少女も、氷精と同じように首をかしげた。

 ――真似されてる。

 そのことに怒って、氷精はその女の子にケンカを売ろうとして手を伸ばし、

 ――どぼん、と。

 バランスを崩した氷精が、大きな水音を立てて川の中に落ちた。
 小さな水柱が立ち、大きな波紋がいくつもできる。
 水の中は波紋にかき消される。
 水の中には、氷精が一人だけ。





 ――気ままにすごす少女たち。





 もうすこし上流。
 何もない平野から、森の入り口に入ったあたり。
 そこもまだ川の流れは遅い。入り口はまだ明るく、少しだけ高いそこからは、川の流れる先が見えた。
 けれども、そこにいる少女たちは、川がどこに行くかなんて、考えてもいない。
 そこには闇がある。
 森の入り口にはなぜか、真っ黒い闇がある。
 真ん丸の闇。光がぽっかり切り取られたような場所。
 外からは何も見えない。
 内からも、何も見えないだろう。
 真夏の日差しが届かないその闇の中には、少女が二人いる。
 二人は隣あわせに座って、肩をくっつけて、足を川に入れて、ハミングをするように歌っている。
 黒くなった川の水を、時折、ちゃぷちゃぷと蹴る音が歌に混ざる。
 歌は二種類ある。
 上手で、人の心をひきつける歌。
 下手だけれど、人の心を和ませる歌。
 二つの歌は、綺麗に混ざり合って、闇を貫いて夏の川に響く。
 闇を操る少女と、歌で人を狂わす少女は、声をあわせて楽しそうに唄っている。
 細い素足が水面を蹴る。
 はねた水が、闇を抜け出して、川辺へと跳び出た。
 光が反射して、黄金色に輝く。





 ――こんな夢見る天気のもとで。





 森の中。
 黄金色の光が届きにくくなったかわりに、森の中は少しだけ賑やかになった。
 動物たちが暑さを避けて、日陰へと逃げ込んでくるからだ。
 川の水はあいかわらず穏やかだ。ほんの少しだけ、川幅が狭くなり、流れも早くなった。
 それでも、変わらずに穏やかな川。
 川辺には、土草の代わりに、岩が並んでいる。
 川の水で、丸く削られた大きな岩。
 そこに、一匹の猫が座っている。
 猫は大きな黒猫で、とんでもないことに赤い服を着ていて、おまけに尻尾が二本あった。
 二本の尻尾が、何気なくぱたり、と揺れて、身体を岩を交互に叩いた。
 猫は目をつぶっている。
 寝てはいない。その証拠に、耳が時折、ぴくりと動いた。
 猫は、寝たふりをしている。
 岩の上で、すぐ近くある川に気をつけながら、温かい岩の上で寝たふりをしている。
 尻尾が二本あっても、猫である以上水は苦手なのだ。
 尻尾が、ぱたり、と動く。
 猫の先には、カラスがいる。
 夜闇のように真っ暗なカラスが、猫の先、すぐそこに立っている。
 何かもの珍しいものでも探しているのか、きょろきょろと周りを見ながら、カラスは岩の上に立っている。
 猫の尻尾が、ぱたり、と動く。
 猫の前脚に、少しだけ力がこもった。
 やがてカラスは何かを見つけたのか、岩の上からぴょん、と翼をはためかせて跳び立ち、

 猫が、跳んだ。

 獲物を狙う狩猟者の勢いで、猫は思いっきり跳んだ。
 身体を山なりに丸め、尻尾を巻き込むようにしての跳躍。
 伸びた赤い爪が、カラスを狙う。
 けれど、その爪は届かない。
 カラスは、猫をあざわるかのように、空中でひらりと避けて、おまけとばかりに、
 ちょん、と猫の身体を押した。
 空中で押されて、猫はバランスを崩す。
 それでも尻尾を振り回して、器用にくるりと回り、猫は足から着地した。

 水面へと。

 きゃー、という猫の悲鳴を聞きながら、カラスは森の上へと飛び去ってく。
 向かう先には、黄金色の陽が覗いている。





 ――どんな小さな風さえもそよがぬ。



 

 森の中ほど。
 人の入ってこない、妖怪も少ない、妖精たちの場所。
 川の流れは相変わらず穏やかで、きらきらと、黄金色に輝いている。
 その場所には、三人の妖精がいる。

 陽光と、月光と、星光の妖精が。

 川の中にはいくつかの岩があった。その岩が、川に、複雑な流れを作っていた。
 飛び石のような岩。
 その岩の上を、黄金色の髪を二つに結んだ、陽光の妖精が跳んでいる。
 ぴょん、すと。
 ぴょん、すと。
 岩から岩へと、両手を横に広げて、危なっかしく陽光の妖精は跳んでいる。 
 その姿を、残り二人の妖精は、なにをするでもなくのんびりと見ている。

 縦ロールの髪をした、月光の妖精は、低い岩の上に横になっている。
 うつぶせになり、膝から下を立てて、ぷらぷらと揺らしている。
 細い手は水の中に入れられ、ゆっくりと川の水をかき混ぜている。
 その手を触れるように、川魚が下流へと泳ぎ去った。

 黒髪にリボンをつけた、星光の妖精は、高い岩の上に座っている。 
 膝を曲げ、女の子座りをして、二人の仲間を微笑んで見ている。
 手には黒い傘。川を黄金色に照らす日光を、妖精は日傘で遮っている。
 薄い闇と薄い黄金の中、星光の妖精は微笑んでいる。
 ふと、手を口に添える。
 小さく、ふぁあ、と声を立てて、星光の妖精はあくびをした。
 あまりにも温かくて、まどろんできたのだ。
 傘を持った星光の妖精の、小さな瞼が、ゆっくりと下りていく。

 何も起きはしない。
 穏やかに、時間だけが、ゆっくりと流れていく。
 いつもよりもゆっくりと、休みながら時間は流れる。
 黄金の昼下がりは、終わる気配を見せない。 





 ――それは黄金の昼下がり。





 森の入り口。あるいは出口。
 川はそこにも流れている。穏やかな川は、遠く果てまで流れている。
 上へ上へと昇っても、川は穏やかだった。
 どこまでも、どこまでも穏やかだった。
 穏やかな真昼に流れる川は、どこまで昇っても、穏やかなのかもしれなかった。
 森の出口。
 そこに闇はない。
 代わりに、ウサギが二人いる。
 人が立ち寄らない川の中、ウサギが二人、楽しそうに水を掛け合っている。
 片方はワンピースを着た黒ウサギ。
 片方はYシャツを着た紫ウサギ。いつものブレザーとスカートは、岩の上に脱がれている。
 薄い服一枚だけを着て、ウサギたちは腰のあたりまで水に浸かり、のんびりとしている。
 水風呂につかっているようなものだった。
 真夏の暑い日の、穏やかな水浴び。
 四つの耳が、ゆっくりと動く。周りに人はいない。
 二人のウサギだけが、穏やかな時間を過ごしている。
 水面は、きらきらと、黄金色に輝いている。
 ふと。
 そこ冷たいよ、と黒ウサギが指をさす。
 本当? と言いながら、紫ウサギは、水の中を歩く。
 指差された場所までたどり着き、

 突然、足元がなくなった。

 指差された場所。突然深くなった場所に、紫ウサギは一気に沈んだ。
 とぷん、と音がして、その姿が水の中に消える。
 少しは疑えばいいのに、黒ウサギは思った。
 少しは疑いながらも進んで、見事にひっかかっただけなのだ。
 細く長い耳が、水面から生えたようにゆらゆらと揺れている。
 それを指差して、黒ウサギは、けたけたと笑っている。
 楽しそうに、いつまでも楽しそうに笑っている。
 声にこたえるかのように、耳が一度、ひょこりと揺れた。
 黒ウサギは、楽しそうに笑う。
 笑い声は、森を抜け、遠い空に吸い込まれて消えた。





 ――少女たちの輝ける昼下がり。




 穏やかに川は流れる。
 どこまでも、どこまでも。
 穏やかな川は、黄金色に輝いて、流れ続けている。




 黄金の昼下がりは、終わる気配を見せなかった。




 



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 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。



◆あとがき◆


のんびり。



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