1 | 壱鬼夜行 |
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森を往く道端に、夜闇が道端に転がっていた。 これは珍しいと思い、指でつついてみると「ひゃん」と可愛らしい悲鳴をあげた。夜闇の中に誰かがいたらしい。小さく集まった闇の中は見通しがつかない。中に何かがいるかなど、外から見ても分かるはずもなかった。 もう一度突くと、同じように「ひゃん」と鳴いた。ただの反射反応かもしれない。風が吹いて葉が揺れ、ざわざわと話し言葉に聞こえるように。 突くだけでは分からないので、夜闇の中にいるであろう何者かをつねってみた。 「いひゃひゃひゃひゃ」 痛い、ということなのだろう。妖怪『ひゃん』かとも思ったが、違うらしい。夜闇の中には、少なくとも言語を介すモノがいるということだ。 人か妖かは分からぬが。 もっとも、夜闇が集まるような人ならば、真っ当な人間ではないだろう。 目を凝らしても姿は見えない。球形の夜闇そのものが意志を持っているのか、中に人型の誰かがいるのか、いまいち判然としない。 仕方なしに、闇の中のモノをつかんだまま木陰まで運んでみた。鬱蒼とした森の枝葉が陽光を遮ってくれる。 ただでさえ薄暗かった道から外れれば、そこはもう夜と大差ない。見通しこそは聞くものの、歩くには不安な暗さが森にはあった。少なくとも、喜び勇んで突き進みたいとは誰も思わないだろう。 反比例するように、闇の固まりは薄れていった。周りの光量によって暗さが変わるのかもしれない。 陽の光を嫌うのだろう。 とすれば、これは妖怪か、と得心した。人が陽を嫌うことはない。陽を嫌うのは、暗闇の中で生きる物の怪だけだ。 とはいえ倒れているものに人も妖怪も関係はない。暗闇の中にいたのは金の髪をした少女で、凶暴そうには見えなかった。 愛嬌のある顔だ、とすら思った。 木に背を預けてぐったりしているので、どうしたのかね、と訊ねてみた。 「おなかがすいた」 と、暗闇の妖怪は率直に答えた。分かりやすいのは良いことだ。腹が減って倒れる。道理が通っている。因果と仮定がまっすぐに繋がっている。それ以外のことを考える必要がない。きっと、単純で素直な妖怪なのだろう。 妖怪なので死ぬほど辛くても、死ぬことはないだろう。 「あなたは食べていいモノ?」 瞳の中にきらきらと星を浮かべながら、妖怪はそんなことを尋ねてきた。口の端から涎が垂れている。頷いても断っても、最後の力を振り絞って襲い掛かってくるだろう。 食べられては叶わないとばかりに逃げ出した。妖怪の物惜しそうな視線を背中に感じたが、努めて無視した。 † † † 数日後、同じ道を通ってみた。念のために、夜中ではなく昼の明るい時間にだ。太陽が真上に昇っていれば、狭い森の道でもそれなりには明るい。 足元の土砂道はでこぼことしていて歩きにくい。 が、急勾配でないだけましというものなのだろう。山道よりは、と考えれば、足はいささか快く進んだ。何よりも、昼間ならば足元がよく見える。急がない限りは、こけることも迷うこともないだろう。 森へ向かったのは、単に興味があったからである。あの妖怪が、もはや飢え死にはしてまいな、と疑問に思ったからだ。腰に握り飯をつってきたのは、もしものときのためである。もしも、まだあの妖怪が飢えているとすれば、今度は逃げようが構わず襲い掛かってくるに違いない。 そのための握り飯だった。 正確な場所など覚えていなかったので、適当に辺りを注視しながら進んだ。森の景色はどこまでも淡々と続いていて、前と後ろの区別もつかなかった。このままだと、何事もなく反対側まで出てしまうな、と思った。 思ったときに、それがあった。 残骸――としか見えなかった。 より分かりやすく言うのならば、食い散らかし、なのであろう。手が一本、足が一本、消化しきれなかったのか骨は多くあった。頭蓋に残った髪の長さから女性だとは分かったが、どんな顔をしていたのかは、喰い残し後からは分からなかった。 脚を止めて、辺りを見回してみた。 妖怪の姿はないが、場所に見覚えはあった。つい先日のことなのでよく憶えている。 妖怪が倒れていたところだ。 そして、妖怪を木陰に運んだ、すぐ傍だ。 今、そこに妖怪はいない。代わりに、人の部分が残っている。 何があったのか、想像するに易かった。 ――――。 そのまま立ち去るのも不憫なので、穴を掘って埋めてやることにした。便利な道具など何一つ持っていないので、手と足で掘らなければならないが、仕方があるまい。このまま野ざらしにしておけば、獣たちに食べられてしまう。それならまだいいが、虫がわいたまま放置されてしまうのは、あまりにも非道というものだ。 時間をかけて穴をほって、遺体を穴に埋めてやった。土を被せてやると、掘り返したそこだけ色が変わっていて、少しだけ可笑しかった。 持ってきたお握りは、無駄にはならなかった。 振り返らずにその場を立ち去った。お握りは、掘った穴の上に置いてきた。 せめてものの供物である。 † † † また数日後、同じ道を通った。緩く埋めた穴は、獣によって掘り返されることを思い出したからだ。もし掘り返されているようならば、固く埋めなおしてやろうと思ったのである。 今度は線香を持ってきた。お握りが一つでは、あまりにも悲しいものがある。 前々回とも前回とも違い、今度は目的地までの距離が明確だった。さすがに三回目ともなれば覚えている。 記憶どおりの道を、記憶どおりの時間をかけて歩く。 夕暮れ時ともなると森の中は薄暗い。道を踏み外さなければ困らないが、一歩森に足を踏み入れれば、間違いなく迷い果てることだろう 道を外れないよう細心の注意を払って歩いたが、何かを探しながら歩くよりは楽だった。 さして苦労もせずに、墓を作った場所まで辿り着いた。 墓は、掘り返されていなかった。 墓の傍に、夜闇が転がっていた。 「……うー」 夜闇の奥に見える妖怪は、苦しそうに転がっていた。闇を出す力が弱まっているのか、うっすらと妖怪の姿が見えた。地べたに横たわり、小声で呻き続いている。よほど苦しいのか、足音に気づいても顔を上げようとしなかった。 脚を止めて、大丈夫かと声をかけてみる。 「食あたりしたー」 泣きそうな声で、そう返ってきた。 食あたり。 悪いものを喰った、ということなのだろう。その悪いものが何なのかは、彼女の隣にある、少しだけ色の変わった地面が証明しているような気がした。 天罰かもしれないな、と言うと、「そーなのかー」と頷いて、妖怪はよろよろと立ち上がった。何も倒れていたのではなく、日が落ちるまで休憩していたのだろう。 今にも倒れそうな妖怪の隣には、一人の少女がいた。 髪の長い、両脚のない少女だった。少女の下半身はうっすらと消えていて、妖怪のお腹の辺りに繋がっているのだ。少女が右手を妖怪の腹につっこむたびに、妖怪は苦しそうに呻いた。 存在感が薄く、反対側の景色がわずかに透けてみえた。 成程。幻想郷の人はたくましいのだなと納得してしまった。妖怪の腹痛は、きっと少女の手によるものなのだろう。 妖怪が力なく飛び始める。妖怪についていく少女は、こちらを振り返り、嬉しそうに笑って手を振った。 妖怪と少女は日の暮れ始めた空に去っていく。 お握りは美味しかったのだろうかと、ふと、そんなことを考えてしまった。 (了) |
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