迷ふ少女






 ひぐらしのなく中を歩き続ける。




 古手梨花がよく迷子になることは、彼女の友人なら誰でも知っている。
 けれども。
 何故迷子になるのかは、誰も知らない。
 雛見沢で生まれ育ち、『古手』の人間にも関わらず、何故迷子になるのかは誰も知らない。
 子供だから。
 幼い言動だから。
 梨花が作り上げてきた『少女』の幻影に隠された本質に、誰も気づかない。
 ――それはそれでいい、と思う。
 特別扱いされることを望んでいるわけじゃない。出来ることなら普通の女の子として、普通の子供として扱って欲しい。
 普通の女の子として生きれなかったから。
 普通の女の子として生きることが出来ないから。
 考えても意味のないことだ。
 それでも考えてしまう。
 考えたくなくて、こうして雛見沢を彷徨い続けている。
 舗装もされていない農道は赤く染まり、遠くではひぐらしがなきつづけている。
 どこにいても聞こえるひぐらしの声は耳に心地がいい。
 人の喧騒は遠く、辺りに人はいない。
 人のいない方へいない方へと歩き続けてきたのだから当然といえば当然なのだか。
「……みぃ」
 誰もいないにも関わらず、普段通りの口癖を呟く。
 人格作りとして意図的に言い続けていた言葉だが、今ではもう意識しないでも口から漏れるようになってしまった。
 可笑しなことだ。
 意識せずにくすくすと笑いが漏れる。抑えたくても抑えきれない。
 こんな詰まらないことでも笑えるのが楽しかった。
 誰かの――とくに大人の――目の前では、こんな笑い方は出来ないだろうと梨花は思う。
『オヤシロ様の生まれ変わり』でもなく、『古手梨花という少女』でもなく、『私』としての笑い方は。
 それはこの先も変わらないだろうと知っている。
 それが少しだけ悲しかった。
 そのことを諦めている自分が、少しだけ悲しかった。
 農道はどこまでも続いている。雛見沢の山奥まで。雛見沢の人里まで。
 この道はどこまでも続いている。明日まで。明後日まで。
 昭和58年のあの日まで、道は続いている。
 どんなに迷子になろうとも、どこの道を行こうとも、全ては昭和58年で途切れている。
 梨花は全ての道を知っている。
 全ての道行を知っている。
 どんなに迷子になろうとも、迷うことができないことを知っている。
 それでも――

 迷子になるのは、ここではないどこかへ行きたいからだ。


 知り得ない未来がある場所へ、行きたかった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとがき。
ひぐらし小説第三段。梨花ちゃん再びでした。


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 次回のやる気につながりますので……感想、ひと言遠慮なくどうぞ。

今回のは短めでした。
『古手梨花はよく迷子になる』というのをどこかで読んで、
「……あれ?」と思ったのを書いてみました。
彼女が純粋に迷うとは思えなかったというか。


梨花×赤坂シナリオが読みたかった……不倫?
養子ENDとかあったら最高です。ひぐらしに限ってありえませんが。

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